相変わらず

朝、

教会へとイソイソと通う私に

長年の友人であり、

このホームページの製作やブログの管理をして下っている

タウン誌香川こまちの山田さんが、

怪訝そうな顔で

問うので、

吹き出しそうになりました。

カトリックの洗礼を受けて、

何か変わりました?

ですって。

人間そんな直ぐに変わる筈ないじゃないですか。

ただ、

心の物指しが増えた事だけは

間違いないのです。

そうじゃなければ、

日曜日には講演の仕事を

極力お引き受けしないようになり、

教会のミサを最優先してるんですもの。

清々しい気持ちで帰宅し、

テレビのスイッチをいれると、

【大忠臣蔵】。

ヤバイ!

思ったとおり、

深夜まで、

ティッシュで涙を拭きつつ、

これも観せ場全部に反応してるんですから。

クタクタになるのも、

幼い頃から全く変わっていません。

白桃

昨夜は、

岡山市にて日本歯科補綴学会が開催中である事から、

母校からも補綴学関係の歯科医師が、

大勢、当地を訪問しているようです。

補綴学第1講座の小出馨教授のご子息を

私の大学病院での治療の右腕としていますので、

彼を私の診療所へ招待したのです。

私らって、

本当に馬鹿ですよ。

高松市まで来させて、

歯の話しばかり。

深夜、

駅まで送って行ったあと、

ふと、

スーパーに立ち寄り、

目に留まったのが【白桃】。

ほぉ、もうそんな季節になったのかと、

買い物カゴに入れて持ち帰り、

御仏壇にお供えし、

香の漂うなかの白桃を眺め、

歯の治療と云うモノは、

まさに白桃を触ルような、

微妙な力加減と、

気持ち1つで、

病気を治す魔法の手ともなり、

或いは逆に、

歯を壊す破壊的行為にもなり得ると、

そんなこんな考えてながら。

インプラントセンター

先のブログにてご覧頂いた症例は、

全く歯を抜く必要などないのです。

抜いてインプラントしたかったのでしょうか?

私の診療所が高松インプラントセンターを標榜し、

27年は経過したように思います。

いくらインプラントセンターが、

インプラントをする診療所だといっても、

インプラントの必要のない、

歯を残せる場合は、

精一杯、

歯の手当てに尽くします。

それが医療ってモンじゃないでしょうか?

そんなに簡単に歯を抜いてはイケマセン!

41歳の女性です。

すがる様な表情で、

私の診療所へとお越しになられました。

一番奥の歯は折れてるから抜歯!

その手前も膿んでるから抜歯!

と云う診断を受け、

私の診療所へと転院されてお越しになられたのです。

レントゲン写真です。

私の診療所はデジタルレントゲン写真を採用していません。

暗室にて、

故 浅見保子先生から指導された現像環境を

ひたすら守り、

画像診断の重さを、

とても大切に考えています。

フィルムの写真をスマホで撮影したモノを

お見せすることしか出来ません。

私は全てがアナログ派ですので、

ご容赦下さい。

で、

その患者さんのレントゲン写真です。

1番奥の歯は折れそうですが、

折れてません。

何故なら、

クラウンと金属土台を、

注意深く除去して、

マイクロスコープで確認しました。

手前の歯が膿んでいる?

この歯は生きています。

抜く処か、

神経を取る必要もありません。

奥歯が腫れた訳ですか?

土台を入れる際に、

歯を削りますが、

削り過ぎて、

歯の底に、

ドリルで穿孔したのでしょうね!

このアクシデントは、

クラウンを入れた時から痛かったと云う

患者さんの記憶からも明らかです。

治療ですか?

丁寧な根管治療と、

穿孔部分を、

MTAセメントにて補修すれば、

充分に、

この歯は患者さんの人生と共に生きてゆけるでしょう。

 

学び家

今、羽田空港の出発ターミナルの大きな窓から、

日の丸鮮やかな政府専用機の勇姿を

眺めながら、

搭乗時刻を待っています。

昨夜遅くに、

上越新幹線にて新潟から。

東京のホテルには、

倒れこむようにチェックインしたのです。

母校の臨床教授の任に就いて3ヶ月経過し、

高松市と新潟市を行き来する生活にも

ヤッと慣れた処です。

本来であれば、

教える立場にあるのですが、

私にとっては、

まだまだ学ぶ処が多いことに、

大変ありがたい気持ちでおります。

基礎医学、臨床歯学の講座には、

多くの研究者が居られます。

それぞれが、

ご自身の専門分野を持たれ、

長年に渡りご研究を続けて居られます。

私は日々の患者さんの診療において、

実際には、

多くの疑問点や矛盾点を感じつつ、

経験上からくる勘所でしょうか。

無難に着地させられ、

ホッとする症例も多々在るのです。

顎関節症の治療と言えば、

本邦においては、

母校の補綴学の小出馨教授が第1人者です。

日々の診療で、

私が?と感じる患者さんのMRIの画像を

小出教授に持ち込んで、

個人教授を秘かに受けているのです。

また、

ダイレクトボンディング修復材料の

それぞれの欠点を補うヒントは、

保存学の新海航一教授から。

患者さんの全身管理について、

例えば、

医師から処方されておられる薬と、

歯科治療の関わり方についてなど。

これは学部長である藤井教授から。

なんだか、

私が個人レッスンを受けさせて頂いているように思うのです。

コチラが、

その気になれば、

沢山、

学ぶべき知識と経験を持つのが大学です。

多くを教えて頂けるのですから、

私も、

お役にたてる処は惜しみなく、

披露させて頂いています。

大学へは早朝入り、

朝早くから出勤している

歯科技工士長の関口技工士と一緒に

学食にてコーヒーを。

昼も夕食も、

ほぼ食べる暇はありません。

日にちが代わる頃に

大学を出ると云うスタイルが常になりました。

今日は10時から高松市で診療です。

 

 

美しいスマイルライン

さぞかし、

綺麗な女性ナンだろう?

って、

想像たくましくなる歯ですよね!

ダイレクトボンディング修復の恩恵です。

前歯のアチコチに、

変色したコンポジットレジン修復や、

虫歯があったのですが、

気長に、

丁寧に、

注意深く、

手当てすることで。

診療行為は綺麗な心と謙虚な気持ちにて

18歳の歳に歯科医学の道に入って、

もう55歳になってしまいました。

私の中での歯科医学。

歯科医学を通じて、

社会に貢献したいと感じています。

私の一生の仕事です。

診察室に入る時に【一礼】

診察室には、

聖霊が宿り、

医療の力を

私の身体と患者さんの身体の両者に対して、

降り注いで下さいますことに、

感謝しているからです。

ここから私の治療は始まるのです。

 

マイクロスコープの治療が最先端って言ったとて

顕微鏡学会と云うモノまで在るんだそうな。

ルーペやマイクロスコープの研究は、

企業に任せた方が良いような気がするのですが。

24歳で歯科医師免許を頂戴してから、

拡大鏡を手に入れた数は、

10数台では足りないでしょう。

で、

20数年前に行き着いた処は、

ドイツ製のカール・ツァイスです。

もう長い間、

使い込んでいますから、

私のもう一つの眼になって、

診療には欠かせない私の身体の1部となっています。

新機種と出てるようナンですが、

古い機種の方が、

シッカリと造り込まれているような気がします。

メルセデスベンツなんかも、

同じですから、

時代の流れで、

新しい機械が優れているとは言えません。

ツァイスを4機種。

もう20数年ですから、

マイクロスコープ歯科治療の

私のスタイルは完成しています。

 

 

覚悟を決めるのは苦しいモノじゃないですよ

教会でのミサに参加したあと、

診療所へ向かいました。

かねてより、

私の診療所を訪問したいと云う、

大学時代の先輩との約束があったからです。

急にお電話を頂き、

日曜日を利用して、

私の診療所を訪れる歯科医師は少なくありません。

このようなお申し出を

心良く受け入れることにしています。

朝のミサは、

久しぶりに司教さまが、

取り仕切って進められました。

マルコによる福音の朗読の後の、

司教さまの説教では、

イエスさまが最後の夜の晩餐にて、

弟子たちに、

パンを取り、

これを割って仰せになりました台詞。

これは私の身体。

これを食べなさい。

カトリック信者においては、

ミサの最大のクライマックスの部分です。

とても、

身近な台詞です。

司教さまは、

この身近な台詞の意味を

深く説明されておられました。

カトリックのミサは、

厳格に決まった手順にて進行します。

ただ毎回、

栄光の賛歌と云う賛美歌が歌われます。

しかし、

歌詞は同じでも、

曲がミサの度に変わりますので、

その都度、

変化に対応して賛美歌集の頁を

急いで捲るのです。

もっとも、

私は楽譜が読めませんので、

周囲の方々の歌声に合わせているのが本当の処ですが。

昨日の栄光の賛歌は、

賛美歌集の204番であることを

やっと記憶したのです。

まだまだ新米信者ですから。

私は、

204番の節回しでの

栄光の賛歌がとても好きです。

1週間の暮らしでの、

身体と心に残った汚泥が、

綺麗に洗われるような想いとなり、

堪えていますが、

涙が出そうになるのです。

だから、

毎週日曜日の休日だと云うのに、

教会へと、

足が自然と向くのだと思います。

週ごとに、

私の身体の中に、

神さまを頂く訳ですから、

綺麗に日々を過ごすことを

心に留めながら、

それが、

カトリックを受け入れてからの、

大きな私の変化となりました。

これは、

診療のスタイルも、

治療方法の決定においても、、

治療の実際においても、

大きな影響を受けたと思います。

歯と身体を、

もっと深く読み込むことを

徹底的に行うようになったと思います。

患者さん以外の、

ほとんどが歯科医師の方々ですが、

診療所の門を、

広く開放したことも、

私の中での大きな変化です。

わざわざ私の診療所へと、

見えない力に押されるような心になって

お越しなられる歯科医師は、

それぞれに悩みや迷いがあるようです。

お話しを聞くことくらいしかできません。

が、

皆さんは、

本当は判って居られるようです。

ご自身が何をしたいのかは。

私は自分の歩いてきた道を

振り返って、

決して胸を張れるような自信はありません。

後悔の多い人生です。

が、

歯の仕事にのみは、

自分の前に大きな分岐点があった時に、

自分にとって、

苦しい方を、

自分にとって、

厳しい選択を、

選んできたことだけは、

本当です。

また、

自分の仕事の評価を、

厳しく採点する日々を送るのも、

これもキツい判定ですが、

ズッと続けています。

でもね、

それは修業のように苦しい毎日ではありません。

サラッと決めてしまえば、

歯で、

トコトン楽しんできたように思いますモノ。

昨日の先輩は、

お帰りになる際には、

穏やかな表情に変わっておられるのが、

判りました。