今日も診療

祭日ですが、

今日も診療しています。

大学での仕事の影響を

患者さんにご迷惑おかけしないためです。

出張や勉強、執筆などで、

診療時間が減らないように、

診療終了時刻を延長し、

日曜の午後などの休日も

患者さんのご都合に合わせて診療しています。

全ては患者さんのために。

そう決めて、

私は信仰の道に入ったからです。

本当に歯で困った患者さんって、

多いんですよ。

三枝爆弾ですって

出勤の時刻まで、

あと1時間ほどありそうです。

窓越しに、

蝉のかしましい鳴き声。

昨日、

やっと医局の関君からメールが届きました。

現在は総合診療科で歯科医師として勤務する関君を

先生と呼ばず、

君付けする訳は、

彼が私の大学院の後輩であるからです。

随分と年下の彼ですから、

私が大学を去ってから、

同じ歯科保存学を専攻するために

大学院に入学し、

歯学博士を取得し、

その後、

現在の総合診療科へ配属されたと云う塩梅。

新潟病院のガイドラインの執筆の分担を

彼にも依頼していたのです。

彼の担当は保存修復学です。

ダイレクトボンディング修復も

この分野に属します。

歯内治療学は佐藤講師。

クラウン・ブリッジの各論は菅原準教授。

有床義歯学は小出助教。

口腔外科学は二宮準教授。

診査、診断、治療計画、歯周病治療と

噛み合わせについては私が。

次々と原稿が送られてきていました。

が、

一向に関君からの原稿は届きません。

普段の私は、

若手医員とは会話をする機会がありません。

関君とも、

一言、二言程度。

ですが、

心内では私の学問的直系だと、

彼を暖かく、

時には、

厳しい目で観ていました。

所謂、

弟弟子にあたる訳です。

そういうモンでしょう。

で、

ついに私の雷が炸裂したのです。

昔の私を知る人から

未だに恐れられる三枝爆弾です。

今回は、

爆弾未満の爆竹ていどですが、

今の人にとっては原爆のように感じたのかもしれません。

挨拶文から、

とても恐縮する心待ちが伝わってきます。

ヨシ、

ではシッカリと中身を確認させて頂こうと。

昨夜から、

原稿とニラメッコ。

 

 

 

仕事

大人になったんでしょう。

幼い頃から父親の仕事姿を見慣れている筈の息子ですが、

昨日、一昨日に

私の仕事の手伝いをしたあと、

突然、

父ちゃん、すまなかったと。

仕事に楽なことなど無いと云うことに

気づいたんでしょうか?

最後の患者さんは

インプラントの埋入手術でした。

私よりも、

一回り若い女性です。

常々、

歯だけに

一心不乱に取り組みますから、

絶対に上へ上へと

上手になりますように。

その代わりに、

寿命は75歳でお返ししますと、

神さまと約束している私の口癖からでしょう。

先生がそんな事を言うから、

後は、

晋太郎君、

良い歯医者さんになって下さいよと。

2日間の私と患者さんとの関わり合いから、

やはりDNAは恐いですね。

大学の医員たちに

常々、

気づいて欲しい肝を

馬鹿の見本で、

これは絶対に隔世遺伝だと、

嘆いていた愚息ですが、

大きくなったなと。

暑い盛りが続く毎日ですが、

家で、

息子と向かい合わせの

ジャックダニエルは

格別な味でした。

 

 

学ぶ

帰省した息子と

良い時間を過ごせました。

患者さんのご好意にて、

息子は私の診療を見学していました。

丁度、

息子が産まれた時に、

その方が初めて私の診療所へお越しになられたことを

初めて聞きました。

初診でお越しになられたこの方への

私の第1声が、

今、息子が産まれた。

そういう事だったようです。

へぇ~!

大きな坊ちゃんになられてと云う

この方のように、

本当に長期間、

私と関わって下さる患者さんから

歯科医学の経過を学んだのです。

で、

息子は専門家ではありませんから、

私の成す手当てを観ながら、

アレコレと聞いてきます。

それに合わせて、

答えてやって。

私が息子に伝えたかったのは、

決して手を抜かず、

絶対に諦めない。

よく最後まで頑張れと云う台詞を聞きます。

では、

最後っていつ?

もっと後が在るかもしれません。

ですから、

絶対に手を放さない。

人生においては、

次々と、

ビッグウェーブは襲ってきます。

だからこそ、

最後だなんて言葉は使ってはいけないのです。

ダイレクトボンディング修復でした。

ラバーダム防湿を多数歯法で、

歯肉と歯の間に圧排糸を挿入し、

隔壁を丁寧にプレカーブを与えて、

次々と治療は進みます。

歯が出来上がる経過を

驚きながら観る息子に、

手順よりも、

医師の心構えを

学んで欲しいと、

それが将来、

じわりと効いてくるのを

自身の経験から知っているからです。

父息子

息子が突然、

夜も9時を回った頃に、

自宅に帰ってきました。

私のブログからの引越の記事を観て、

電話ではそのような会話をしてませんでしたので、

何事かと驚いての帰宅だったようです。

トランクスとTシャツ姿で、

大きなテーブルで書き物をしている私を観て、

父ちゃん、どうしたんや!

飯食ってないんじゃない!

眠ってないやろ?

ガリガリになって!

死ぬぞ!

今の私は鬼のように一筋で

仕事に没頭しています。

女家族には、

絶対に判らないでしょう。

何故、今、私が命をかけてまで

歯の仕事にぶつかって行ってるのかは。

仕事を中断し、

息子の話しを

ジャックダニエルを片手に、

ズッと聞いていました。

こういう時に、

私は自分の置かれた近況を一切

息子に言わなくなりました。

それは、

息子が大人の男になったからです。

私も息子も、

他人の悪口、噂など全く口にしなくなりました。

男同士は、

黙ってても判るモノです。

昔、

息子中学の頃、

ガラスが割れるほど、

血が流れるほどの、

殴り合いの喧嘩を

しばしばしました。

近所から、

警察を呼ばれた事もありました。

暴力はイケマセンが、

私は家族に対しては、

身体全体でぶつかってきました。

情熱です。

強い愛情があるからです。

息子は私の血を強く受け継いでいます。

そう信じて、

甘やかし、

一方で、

鉄拳で、

またある時からは、

黙って見守ってきました。

もう大丈夫のようです。

これから、

私には向かい風が吹き付けるでしょう。

でも、

若い時分から、

頭を下げて、

歯を食いしばって、

耐えて、

力をつける努力をしてきた経験があります。

私も大丈夫だと、

そう息子に伝えました。

 

患者さんとの関わり

随分と昔の話しですけど。

私の嫌がることばかり、

知ってて、

強行する人がいました。

私の欠点探しが、

生き甲斐のように、

新たに見つけては指摘し、

そうでない時には、

過去を掘り出して、

私を批判したり、

無視する態度採る人がいました。

仕事のように嫌がることばかりで

私を責めていました。

離れれば良かったのですが、

洗脳されていたのでしょう。

その人は、

私が離れることは絶対にないと云う

確かな確信があったのだと思います。

が、

その人にとっては普通のことでも、

私にとっては、

絶対に許せない地雷を、

そうとも知らず、

のうのうと踏んだのです。

私は一切の関わりを絶ちました。

思い出すことも、

ほとんどありません。

暴言と無視という

最強の暴力に耐えれた自分が不思議でなりません。

生きてゆくには、

それなりの苦労はつきまといますが、

して良い苦労と、

してはならない苦労があることも、

後から判りました。

今では、

穏やかに暮らしている自分の

その時の決断は正しかったと思います。

患者さんからの相談も多い仕事です。

私は昔話を交えて、

そんな会話から、

患者さんとの関わりを強めています。

大文字

京都からの患者さんとの一時。

もうすぐ送り火ですね。

そんな会話から、

なぜ大文字なんでしょう?

と問う私。

先生ね、

大という文字はね、

人が一筋に生ききるという意味合いでね。

一筋に生ききるとは、

仕事一筋に生きるということ。

私が此処まで

通ってきたのは、

あぁ、この方は生ききってはると、

そう感じて、

その成長を観てきた積もり。

そうです。

私は患者さんに成長させて頂きながら、

歯科医師人生を歩んでいます。

歯肉を読む

患者さんのメンテナンスの際、

必ず、

する事があります。

大拡大のルーペ、

歯科衛生士さんが使う2倍程度のモノではありません。

最低でも8倍の大拡大視野で、

歯肉をシゴクような手つきで、

ポケットからの滲出液の性状を

確認するのです。

一般の方はご存じないかもしれません。

歯の周囲を取り囲む歯肉の

所謂ポケット部分から、

歯肉と歯槽骨の活きている証、

老廃物が、

滲出液という形で

ジワジワと、

出てるんです。

チョッと診ただけでは確認できません。

もう何十年と、

私は継続して診てきました。

インプラントと歯では全く違った

色と質の滲出液が出ています。

インプラントの種類によっても違います。

また、

患者さんの、

その時々の体調や、

病気の予兆の際にも

大きな診断の助けとなるのですよ。

折角のメンテナンスです。

シッカリと、

全方向から診させて頂きます。

引越

本来であれば、

涼しいうちに犬の散歩に付き合い、

テレビを観ながら、

教会へ行く準備を。

そんな日曜日の今頃なのですが。

自宅から引越することにしたのです。

そう。

診療所の1階に自宅を移すことにしたのです。

診療所の1階フロアーは、

とてもとても広いので、

家人の店の部分を別にしても、

まだまだ奥は広いんです。

キッチンも全部ありますから。

ちょっとした合間でも、

1階に降りれば、

犬の顔が見えますから。

今の自宅ですか?

想像を絶するほどの沢山の蔵書。

後は忽ちは使用しない機械や器材の保管。

それと、

私の研究スペースです。

私はしばしば、

海や沼、湖、池などの湿地帯へと出かけます。

微生物の採集のためです。

持って帰るまでの処理が大変なんですよ。

温度、湿度、もっと厳しい環境下で

ラボまで持ち帰るのです。

そうなんです。

だからキャンピングカーを使うのです。

キャンプでバーベキューなんか興味ありませんから。

持ち帰った微生物で、

私はコツコツと研究をしています。

虫歯制御の研究です。

まぁ、歯一色の生活ですから。

私的には幸せなんですよ。

今の自宅は、

三枝デンタルオフィスの研究ラボとして、

これから、

面白い成果を出してくれるでしょう。

日本歯科大学新潟病院・総合診療科の治療ガイドライン

炎天下の熱帯日の続く毎日です。

診療が終わってから、

早朝に起床してから、

私の毎日は、

4月以降、

多くの歯科教材に埋もれた生活を送っています。

秋までに、

学部長ならびに病院長へ、

日本歯科大学新潟病院・総合診療科の

歯科治療のガイドラインを提出するためです。

総合診療科では、

口腔癌や骨折の治療に与る口腔外科、

全身麻酔やペインクリニックを担当する歯科麻酔科、

歯並びの治療を行う歯科矯正科、

小児の歯科治療を行う小児歯科、

特殊な診断や放射線治療を与る歯科放射線科、

上記の治療以外の、

所謂、

成人の一般歯科治療を行っています。

歯科大学附属病院における歯科治療を担当する診療科です。

すなわち、

歯科大学における歯科治療の本線とも言えましょう。

私は青春期を此処で過ごしました。

此処で歯科医学の【い・ろ・は】を学びました。

その私が、

縁あって、

確りとした中堅に育った準教授たちの助けを借りながら、

治療のガイドラインの執筆と纏めを行っています。

学び徒であった私が、

当時このような大役を頂くことに為ろうとは、

全く想像もしませんでした。

同じ学舎で学ぶ後進たちのために、

また、

新潟病院で加療を受診して下さる患者さんのために、

カトリックの洗礼を受けた私の、

生まれ変わっての初めての大仕事です。