夢を膨らむ

恩師である山口先生が新車購入の選択に入ったようです。

レンジローバーあたりに落ち着くと観ています。

ラブラドールリトリバー協会新潟支部の会長でもあった先生は、

今年も英国へとラブを観に行かれるそうです。

先生を知る人は意外に思われるかもしれません。

ロックンロールをこよなく愛する先生が余りにも有名ですから。

アメリカテイスト溢れる人と思われている筈です。

かく云う私も、そう思っていました。

しかし先生の実像は、

意外?なことに誠の紳士でありました。

時に先生から言われるのです。

三枝は今度、何を買うん?

私は宝くじ次第だと。

で、

ソコから車談義に華を咲かせます。

私はアメ車とイタ車です。

イタ車と言っても痛車ではありません。

何年か前に、

新潟古町のアーケードにて【痛車フェスティバル】ってものに

遭遇し仰け反った記憶が甦ります。

下手に日本語を使えないなと。

イタ車も痛車も同じですから。

しかし、

あの痛車ってのは何なんでしょう?

本当に車が痛々しいことこの上無し。

今、注目している乗用車は、

キャデラックCT6とアルファロメオのジュリアですね。

このジュリアは偶然インターネットで見つけたんですが、

以前、私の愛車だったモノです。

何故、判るかって?

私が自身の手でレストアした車ですから。

トテツモナイ値段で売りに出されてました。

コッチは新型のジュリアです。

エンジンはフェラーリのを2つにぶった切って積んでるんです。

フェラーリ、フェラーリしてるんって格好悪いですが、

こういう風に、

地味な車体にフェラーリのエンジンってのは格好良いですね。

宝くじ当たったら2台購入します。

 

白髪

仕事帰りに床屋へ行きました。

20代後半から通っている床屋です。

店の親父は私の職業を知りません。

ただ、

長い間の常連であると云うことだけ。

ハサミを手に

雑談を投げかけてくるようになって

20年くらいになったろうと思います。

たワイもない話しですが。

が、

私にとっては気楽な時間です。

身構えなくても良い極マレな場所でもあります。

こういう処は、

年々、少なくなりました。

親父は私を呼ぶ際に、

兄さん、兄さんと。

そんな歳ではないのに、

少しの照れを感じながら、

会話に応じています。

でも、

職業を聞かないのは、

この親父なりに長年、身につけられた処世かもしれません。

白髪が増えたと、

毎月、毎月、

言われるのも慣れっ子になったようです。

土から砂鉄と云う形で出でた大地からの贈り物が、

職人の手を引き継がれ、

刀と云う命の宿る道具に変化します。

素人目にすれば金属の加工品にしか見えない

この刀に魅了される者です。

刀紋に職人の命の伊吹を感じます。

また、

これほどの技を体得するまでの情熱に敬意を表します。

刀は切るための道具ですが、

本来は人を切るために身につけられた道具ではありません。

人の煩悩を切るための道具です。

その製作者である職人に私は惹かれて止みません。

物指し

朝刊を観て驚きました。

【医師の残業を認めない法案整備5年後に】

なんと愚かしい事をと。

救いであったのは、

日本医師会が反対の意を表明していることです。

政治力の衰えを感じざるを得ない医師会ですが、

まだ、医師の良識の場として機能しているのだと、

安堵したのです。

そもそも医師や歯科医師は、

費用を頂きながら、

相手から逆に【ありがとう】と言われる

特殊な仕事です。

多少、裕福な暮らし向きができるのも、

滅私奉公の心で診療に従事しているからこそ。

時間を推し測って、

ここでお仕舞い、また明日と云う

種類の仕事ではありません。

私にしても、

診療が終わっても、

デスクワークに追われ、

文献読みに追われ、

手先のトレーニングに追われ、

人には余裕しゃくしゃく気分の高笑いってな

そんな風に演じていますが、

本当は、

仕事から解放される事はありません。

何でもかんでも同じ物指しで推し測ることは、

愚かしい行為と、

私は思うのですが。

私の趣味

オートキャンパーと云う雑誌が在ります。

30歳前半から毎月、定期購読しています。

手にした日は、

床に就くまで、

孔が空くほど熟読し、

次の号が発売されるまで、

私の精神安定剤の役割を果たしてくれる

アリガタイ雑誌です。

???

私らはモーターホームと呼んでいるのですが、

所謂キャンピングカーの雑誌です。

幼い頃からトラックが好きであった私は、

スポーツカーには余り関心がありません。

で、

特にフォードのトラックが好きな私にとって、

フォードのエコノラインと云うシャーシをベースにした

北米のモーターホームは憧れの的でした。

伝説のモーターホームと云われたBCバーノンを2代乗り継ぎ、

途中、ダッジベースのクラスBに代えましたが、

( この車、さる皇族の弟君が購入され

震災の際のボランティア活動の拠点として活躍したようです)

最後にはヤハリ、

フォードに戻ったのです。

余談ですが、

今月号のオートキャンパーに

1997年に私が所有したるBCバーノンが掲載されていました。

ビックリしました。

離れ離れの我が子に再開した気分でした。

別段、キャンプが好きな訳ではありません。

眺めて善し。

洗車して充実。

内装の手直し、電化装備のメンテナンスに嬉し。

それが私のモーターホームです。

バカな趣味だとお思いでしょう。

が、

男とはバカな生き物ですから。

独り言

丁度、GBRの手術を終えて一服の最中です。

午後からはマイクロスコープを使っての根管治療です。

上顎の第2大臼歯です。

前回、ほぼ根管治療は終了したのですが、

まだ1本、神経が残っているような気がしたのです。

後味悪いので、

今日、来院して頂くことに。

こういう場合には、

3時間程度の余裕をみてアポイントを採らせて頂いています。

ジックリと、

心と時間に余裕を持たせて、

歯と向き合うためです。

こういう場所には、

もう商売抜きで、

プロの面子にかけての治療です。

私にかかれば絶対に逃がさねぇ!

と云う気持ちで、

隠れたる神経に語りかけて、

独り言の多い治療となるでしょう。

不思議

藤沢修平氏の作品の味が私にはシックリと来ないのです。

私は叔父の背中を観て育ちました。

海軍兵学校を出て士官となり終戦を迎えたこの叔父は

産婦人科の医者になりました。

新しいモノ好きで、

女性が好きで、

車と鉄道が好きで、

ヤンチャな叔父でした。

院長室に鉄道のジオラマと、

大きな書棚には藤沢修平作品が在ったのを

今でも記憶しています。

叔父は京都府立医大にて医学を学んだため、

東北の人情なり綾を、

どれ程理解していたのかは解りません。

新潟と東北は、

細かな点に於いては文化が異なることを

新潟で青春期を過ごし、

東北の女と一度は所帯を持った私には判ります。

しかし、

西の文化からしてみれば、

新潟も東北も、

その趣の違いに大きな差はありません。

今でも何故、

叔父が藤沢修平作品に魅了されたのか?が、

私には解りません。

親戚筋の人間から、

私と叔父は、

同じ部類の人間であると、

蔑むように言われます。

この蔑みを、

私らには互いの流儀の証と、

口にこそ出しませんでしたが、

認めあう根拠でも在ったように思います。

世状に流されない自己主張を

私は叔父から学んだからです。

私は池波正太郎作品がシックリと、

そんな匂いの大人になりました。

私と叔父は瓜二つと言われるのですが、

心地良さを感じる匂いの違いの訳が、

今では不思議で堪りません。

素晴らしい仕事、歯科治療

日本歯科大学の1年生への特別講義をお引き受けして、

早いもので10年目になります。

既に歯科医師となった大学院生への指導なり、

専門過程の学生さんへの講義であれば、

ソレナリに上手く導く自負はあるのですが。

1年生と言えば、

高校生に毛が生えた程度だと思いますので、

コチラも、

ソレナリに覚悟して話しをしなければなりません。

専門職としての自覚を促すことを目的とする

【プロフェッション】と云うカリキュラムが、

今の歯科大学には在ると云うことで、

私の日常について、

よもやま話し?漫談?をしています。

今年は思う処あり、

スライドを大幅に変えての話しをと考えています。

良い歯医者になって欲しいと云う後輩たちへの想いは変わりありませんが。

10年も経てば、

若者の気質も大きく変わって来ているでしょう。

ですから、

手法を変えて、

三枝節は其のままで、

素晴らしい仕事、歯科治療について大いに語ろうと考えています。

前輪と後輪

自動車では、

前輪と後輪の調和が必要であるように、

私の仕事においても、

確かに、

前輪と後輪が在るように思います。

若い時分から良い歯医者になることが私の夢でした。

この良い歯医者について、

やっと最近になっておぼろげながら、

観えてきたように思います。

私個人として、

宮大工や刀鍛冶のように、

技を研く、

それが前輪のようなモノだと考えています。

で、

後輪は?

それは決して特別な技量を必要とはしないで済む、

歯科医師なら誰しも出来る手法にて、

患者さんに喜んで貰える手当てを見つけることだと、

そう思ってきたのです。

私はこの2年近く、

深い進行した虫歯であっても

神経を採らない治療を実践しています。

その手当てに、

特別な技量は必要としません。

そういう治療方法にての社会貢献が私の後輪だと考えています。

とは言ったものの、

今しがた総入れ歯をお造りして

14年は経過した患者さんから、

先生からトンカツは噛めるように総入れ歯を造りますと言われたけれど、

スジ肉、シワシワの沢庵も大丈夫!

と言われた際に、

あぁ技量の向上に更に努めようと、

決意新たにしたのです。

 

歯と日本刀

日本刀と聞けば、

誰しも、その形くらいは想像できると思います。

今時は、

日本刀など、

そんなに関心ない工芸品程度のモノかもしれません。

あるいは、

そんな武器など危険極まりないと、

敬遠されるかもしれません。

が、

私は日本刀に魅了される者です。

ただし、

私が美しいと感じる日本刀は、

あまりにも高価過ぎて、

手に入る代物ではありませんから、

あくまでも、

博物館や写真での、

眺めての高値の華的存在ではありますが。

日本刀は鋼( はがね  ) でできています。

この鋼は、元来は鉄です。

刀鍛冶は、

鉄を火に入れ、

赤く燃えた鉄の塊を叩いて叩いて、

その繰り返しから、

刀を造ります。

刀鍛冶から叩かれることで、

鉄は鋼へと質的変化を起こします。

叩かれることで、

鉄のなかの不純物が除去され、

プュアな鋼へと変化するのです。

通常、金属は加工される過程において、

液体にまで溶解されるのが常ですが、

日本刀だけが、

液体に溶解されることのない、

普遍ではない過程を踏まれます。

その結果、

あの鍛え上げられた金属結晶の変化が生じるのです。

この刀鍛冶の技の結晶は、

21世紀の進歩したテクノロジーにて調整された

コンピューター制御の炉でさえも、

決して造ることが出来ません。

人の経験からくる技の真骨頂が刀鋼だと思います。

刀鍛冶は、

火に入れた鉄が、

太陽の紅に似せて焼き入れるのだそうです。

古来、太陽は神さまです。

其れを尊ぶゆえに、

鍛冶場には、

しめ縄が観られるのです。

また、

古来、刀には神さまが宿るとも言われています。

私も、そう信じています。

私は歯に、

日本刀を重ねて観ています。

刀鍛冶が鋼の声を聞くように、

私も歯の声が確かに聞こえるからです。