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日常

カトリックの私は、

1日に何回も、

【主の祈り】と【聖母マリアの祈り】

を、

心の内で、

祈りを捧げて暮らしています。

患者さんの治療が始まる直前には、

心の内で【聖母マリアの祈り】を、

朝に昼に夕に夜に、

幾度となく

【主の祈り】を捧げて暮らしています。

ソレは、

心を整えるためと、

集中力を高めるためと、

宗教的な神さまとの関わりを深めるためです。

私が患者さんの治療を行う際には、

物凄い集中力とエネルギーが必要なのです。

治療と治療の合間には、

ソレはソレは、

グッタリと疲労で、

身体から力が抜けるのです。

そのような際に、

【主の祈り】で心を落ち着かせるのです。

また、

生きてゆく過程において、

さまざまな葛藤や悩み、怒り、

不条理さに、

のたうち回る機会もあるのが現実です。

そのような時に、

私は【主の祈り】を捧げるのです。

職業柄、

また、

私の置かれた立場から、

私は孤独感と戦うのが日常でもあります。

誰にも言えない事も多く、

誰にも相談できない事も多いのです。

そんな時に、

ある時から、

神さまに話しかけるようになりました。

【主の祈り】

天に居られます私たちの父よ、

御名が聖とされますように。

御国が来ますように。

御心が天に行われますように

地にも行われますように。

私たちの日常の糧を、

今日もお与え下さい。

私たちの罪をお許し下さい。

私たちも人を許します。

私たちを誘惑に陥らせず

悪よりお救い下さい。

 

年季

今朝は初っ端から、

歯肉歯槽粘膜の外科手術。

患者さんは、

安心しきってました。

手術中も、

切除した歯肉結合組織を見せて差し上げたり、

終わってからも、

ニコニコしておられました。

私ら医師の放つ安定感あるオーラほど

患者さんにとっての、

精神安定剤はないのです。

私の手術はスピード感あふれるように

リズム感を大切にしています。

この辺は、

若い歯科医師には、

年季が足りませんから、

私は負けませんよ。

独り酒

この季節、

友人、知人の類や、

メーカーの営業の方などから、

飲みに誘われる機会が増えるんですが、

正直、

私は困るんです。

何故って、

私は飲み屋やクラブ、ラウンジの類が

苦手ナンです。

顔観れば、

スッゴく好きそうに見えるでしょう?

でも、

割烹のカウンターで独りでというのが、

私は好きナンです。

ソレも、

今では年に数回ほどです。

出張の際に、

予定外に時間が出来た際くらいですもの。

今では、

ホテルで、

コンビニ惣菜に安ワインてのが

新潟と東京での日常となりました。

今年は、

目まぐるしい環境の変化にて、

風車になったような心持ち。

来年は、

なにかワクワク感で、

満たされた1年でありますように。

 

 

熱気

メッキリと寒くなりました。

が、

私の診療所は、

熱い治療で熱気の中とでも云いましょうか。

インプラントのフィクスチャーに

型採りのための部品を連結しています。

型採り用のトレーの中に

インプラントと連絡した部分が綺麗に入っているでしょう?

昔から、

私はこの手順を好んで行っています。

手間はかかりますが、

断然、

精度の良いアバットメントが造れます。

さて、

次は根管治療のようです。

筋力トレーニング

クラウンの形成あり、

外科あり、

ファイバーポスト製作あり、

根管治療あり、

初診あり、

と云う1日です。

恐らく、

昼食など摂る暇など無いでしょうね。

夜の9時からは、

最近始めた、

元プロのボクサーによる

ストレッチの個人レッスンを1時間ほど。

運動オンチの私には、

自主的に運動するなんて

とてもじゃないですが、

無理ナンです。

強制力が無ければ、

運動するより、

時代劇を観るか、

読書するか。

もう若くはありません。

筋力の維持は、

歯科治療には必須だと

つくづく感じた1年でした。

正確な手先の動きが自在に出来るように、

嫌でも、

筋力トレーニングは必要だと決意したのです。

傍から観れば、

笑っちゃいますよ。

欲にまみれた人の顔の表情には

1つのルールがあります。

コンプレックスの塊の人の顔にも、

1つのルールがあります。

疑心暗鬼の人の顔にも、

1つのルールがあります。

人は生きてゆく過程において、

物事の結果をさまざま経験します。

その自己評価の違いから、

その後に続く道が

左右に変わるのだと。

ある時から、

院長室のデスクの上に、

スタンド付きの丸い鏡を起きました。

キーボードを打ちながら、

書籍に眼を通しながら、

ふと、

視線を上げると、

自分の顔が自然と視界に入ります。

で、

時々、

色んな表情を試してみるのです。

表情筋をシワクチャにしながら。

つくづく思いますのは、

あぁ、歳をとったなと。

私は池波正太郎ファンです。

剣客商売の秋山小兵衛のような老人になりたいと、

次いでに、

75歳まで現役でいられて、

ピンピンコロリと、

その歳で、

天に召されたいと云うのが夢。

あれっ?

私って欲深いのでしょうか?

 

主治医の責務

今日は午後の4時からの診療です。

ソレまでですか?

岡山市に行ってました。

長い間、

私の患者さんである○○さんに

付き添って、

大学病院へ出向いていたのです。

私の専門外の医科の分野ですが、

某医院にて、

ある病名の診断を受けた○○さん。

難しい病気で、

その医師から具体的な専門病院を紹介されなかったとの事。

相談を受けていたのです。

病気によって、

得意分野が違うのは正直な処です。

で、

私のネットワークから、

○○さんの治療に相当する名医を聞き出し、

予約を取り、

私の患者さんに対して、

キチンと対応して下さる医療機関かを

自分で確かめるために、

同行したのです。

これは、

○○さんに限った行いではありません。

長年の患者さんを、

初めての病院へとご紹介する際には、

東京でも何処でも、

私は一緒に行くことを

私の職責の一部であると考えてきました。

ソレが、

自費治療専門医の自負でもあり、

患者さんと共に寄り添う主治医の義務だと。

○○さんは、

決して待たされることなく、

専門分野の教授の診察を受けて、

スムーズな検査へと進み、

即座な確定診断を受けて、

今後の治療のレールに無事に乗る事ができました。

とても安堵したご様子の○○さんでした。

病院側も十分なご配慮をして下さり、

私の面目も大いにたちました。

用意された車に乗り、

たった今、

診療所へ帰って来た処です。

ホスピタリティとは、

患者さんを

○○様と呼んで、

変な処でサービス精神を発揮する事ではありません。

私は歯科医師です。

歯科分野を専門とする医療人です。

すなわち、

患者さんと云う人の病気を与ることを職業としているのです。

長年の私の患者さんが

病気でお困りの際には、

私が居るぞ!

ソレが私の存在価値だと思って、

そうでなければ、

診療などできませんよ。

口先だけのサービス医療を

私は軽蔑しています。

時には、

患者さんを叱ります。

ソレが理解できない人は、

私は他の歯科医院は沢山ありますから、

ソチラでどうぞと云う姿勢です。

患者さんに対して、

大きな敬意と尊厳を重視していますが、

なにかの次いでに治療すると云う姿勢、

ナンでもカンでも他力本願と云う姿勢、

お金を払ってルンだから治療しろと云う姿勢、

患者権利の履き違いをする不道徳な方には、

私の診療所は扉を閉ざします。

私の診療所は、

困った方の駆け込み寺?教会か?

そのような考え方で、

通してきました。

歯なんか!

そのような方には、

私は大いなるヤブ医者、

態度のデカい不届き者でしょう。

でも、

絶対的な三枝ファンに支えられているから、

私は器具を手に出来るんです。

大勢に埋没したくありません。

唯一無比の少数派であることが

私の流儀ですから。

チョッと生意気ですみません

1本、

歯の先端が欠けていますが、

この歯を観て頂きたい訳ではありません。

写真に映るこれらの歯は

ほぼセラミック.ベニア修復です。

既に16年は経過しています。

歯の表面を、

薄く貝殻状に削って、

セラミックのシェルを

接着剤にて、

歯のエナメル質と一体化させる治療です。

先端が欠けた歯の

向かって左側のシェルが、

外れて壊れてしまったのです。

で、

ダイレクトボンディング修復にて。

口腔内で、

私がマテリアルを直接

盛り上げて、

歯を造りました。

どうでしょう?

珍しい歯科医院

先日、

新患でお越しになられた女性患者さんは

税理士の先生でした。

で、

完全自費治療の歯科医院で、

これだけ新患が多いのはスゴい!ですねと。

私ですか?

私も、

同じ心境です。

それだけ、

健康保険診療取り扱いの歯科医院が

本当に患者さんが歯で困った時には、

信用を失いかけてるってことでしょう。

どのジャンルにも言えることですが、

たった1つだけの存在になる勇気がなければ、

夢も目標も、

絶対に叶えることは出来ないでしょう。

勇気さへ在れば、

辛くても、

苦しくても、

継続して、

頑張って、

踏ん張って、

道を誤ることはありません。

私は歯が好きで、好きでたまりません。

ですから、

こ難しいことなど、

考えません。

全ては歯の番人であることに。

祈り

昨日は久しぶりに、

司教さまが、

ミサを取り仕切っておられました。

私は司教さまのミサでの、

表情なり所作が好きです。

私の仕事に於いても、

同じことが言えるのだと思います。

絶対的な安心感と安定感。

患者さんに伝わるように、

患者さんが感じて下さるように、

私ら医療人は、

自分造りに気をつけて

暮らしをと。

今から入学試験の季節を迎えます。

少年たちは、

不安と希望に満ちた日々を過ごしているでしょう。

ソレを見守るご両親。

心中察することができます。

私ら医療職の人間は、

正に同じ心境にて、

患者さんの診療に与っています。

神さまの御子である幼いイエスさまを抱いた

この世でのイエスさまの父である聖ヨゼフ。

ルーブル美術館にある

画家ラ.トゥールの描いた聖ヨゼフと幼いイエスさま。

私の診療室の入り口の

師匠である内藤正裕先生のお婆ちゃんの描いた聖ヨゼフ。

さまざまな眼で、

私たちに祈りを捧げて下さっておられます。

私がカトリック信仰の道を

最後の選択の道としたのは、

歯の番人であることに、

生涯を捧げたからです。

若い歯科医師や、

有名になりたいだけの野心家の歯科医師、

経営者としての歯科医師の方には、

変人扱いされても

一向に構いません。

私にとって歯は、

生き方の

誠に清々しい道しるべでありました。

歯科大学の門を叩いてからの時間は

既に私には残されていません。

大切に、

大切に、

丁寧に、

丁寧に、

手当てを尽くす。

その上で、

患者さんと云う人の心に

染み渡ってゆくような歯科医師になれますように。

これが私の日々の祈りです。