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歯科治療の特殊性

私は歯科の臨床医ですから、

患者さんの治療中心の生活を送ることが、

当然の普通のことだと思っています。

24時間、

今、動いている患者さんの治療について、

考察している訳です。

さまざまな治療方法を組み合わせて、

一口腔全体のバランスを採る訳ですが、

検査資料から得た診断から導いた治療手順の進め方と、

進んでゆく治療のあいだにギャップは無いか!

毎回の治療が、

確認でもあり、

再評価でもあり。

常に口腔の治療による変化を、

客観的に診る目を養わなければ・なりません。

ここに・歯科治療の特殊性があります。

そういったことで、

24時間・治療が脳裏から離れないのです。

 

ゴールド修復

今回、

新潟へ参りました際に、

保存学第2講座の新海教授の治療を受けました。

先生は、

私が18の歳からの主治医です。

昨年末に大騒ぎした・右上の第1大臼歯も、

覚悟した抜歯を受けることなく、

無事に印象採得の段階を迎えました。

隣在歯の第2大臼歯の虫歯も、

ついでに加療を受けました。

修復方法は?

第1大臼歯はゴールドのキャスト・クラウン修復で、

第2大臼歯はゴールドのインレー修復です。

歯科大学の保存学講座の教授が、

新人時代からの40年に渡る・患者である私、

同大学の臨床教授に対する治療です。

ソレが、

ゴールド修復であることに、

大きな意味を感じて下さい。

 

基本の・き・

私の診療所は、

高松インプラントセンターとして、

インプラント治療主体の治療を行っていますが、

大学病院での治療は、

あえて、

入れ歯治療を中心に行っています。

ソレは、

歯の欠損修復治療の基本型が【入れ歯治療】だからです。

入れ歯もキチンと造れない歯科医師が、

インプラント治療など・もってのほかと、

私は考えています。

入れ歯治療の・さまざまなバリエーションを、

後進たちの観て頂くために、

あえて、

総入れ歯の治療を受けることにしたのです。

嬉しいのは、

私の治療の際に、

多くの歯科医師や歯科技工士、学生諸君が、

集まってくれることです。

単細胞の私は、

ついつい調子にのって、

ウラ技を披露してしまうんです。

おぅ~!

という周囲の空気に、

ついつい。

診療室には、

歯の守り神がいらっしゃると、

私は信じています。

日本歯科大学新潟病院は、

私にとっての故郷だと思っています。

この診療室に帰って来られたことを

学長、学部長、教務部長、病院長のご厚意に、

心から感謝し、

ダーウィンの進化論のように、

新人歯科医師であった私が今に至った経験の過程を、

スピーディーに、

隠すことなく、

お見せすることが、

私なりの母校への御礼奉公だと思っています。

先日、

学長の著作に直筆のサインを頂きました。

早速、

この書籍は、

診療室の待合室へと戻ったのです。

歯科医師は、

歯科医学の歴史を熟知為べしという・考えが、

私の基本姿勢です。

ですから、

診療室の待合室に【歯科医学の歴史】関連の書籍が在ることは、

私の自己主張でも・あります。

裏づけの確立した歯科治療を、

私は施術したいのです。

歯科放射線学の小椋教授とは、

毎月、

晩飯を食べにゆく仲となりました。

そんな時に、

彼の口癖。

男は24時間・働きますか!

大昔のCMにあった台詞ですが、

そういう彼に、

大いに同調する私です。

彼は学者の中の学者。

私は臨床家の中の臨床家で在ろうと。

歯の話題で、

ネタは尽きないのです。

今日は午後から、

香川県日本歯科大学の校友会があります。

新潟から、

同級生である歯周病学の佐藤教授が来られ・講演されます。

毎日・毎日を、

歯科医学に埋没して過ごしています。

人間関係の基本

ヤッパリ、

大東京は凄いですね!

東京駅の新幹線のホームの光景です。

上越新幹線・新潟行きの始発は、

午前6時7分ですから、

時刻は、

午前5時45分の頃合いでしょうか?

街は、

完全に始動が始まっています。

いつも通り、

駅弁を買って、

グリーン車の定席に腰を下ろして、

いつもの、

月替わりの駅弁を。

夏バージョンナンですね。

新潟での仕事は、

本当の恵まれた環境に置かれています。

大学病院も、

できるだけ三枝の・やりやすい環境を造ってやれ!

そんな気持ちでいて下さっているのが、

ヒシヒシと伝わってきます。

ですから、

せめて、

私の方は真剣に務めさせて頂く決意も固まってくるんです。

人間関係って・そういうモンでしょう?

縁の下の力持ち

朝1番のフライトにて、

羽田経由で、

新潟から帰郷しました。

通常通りの午前10時からの診療に勤しんでいます。

久しぶりに、

大学本館の地下1階にある工作室へ行ってきました。

入れ歯造りのための【道具】を製作するためです。

私は好き放題、アイデアから、

注文をつけるだけ。

手を動かして、

頸をひねって、

考えながら、

私の治療器材を製作して下さるのは、

技工士長の関口先生です。

良い表情ですね。

こうしながら・

治療の新しい方法って生まれてくるんですよ。

縁の下の力持ちあっての、

私の歯科治療なのです。

前歯のセラミッククラウン修復

感染根管治療の必要性から、

他医院にて施術を受けた

2本の前歯のうちの・1本を、

再修復治療することになりました。

根管治療のあと、

ファイバー・ポストにて歯根の補強を行い、

メタル・ボンド・クラウン修復を行いました。

印象直前の写真です。

今日のセット後の写真です。

隣のセラミッククラウンは、

他医院での、

オールセラミッククラウン修復です。

本来ならば、

オールセラミッククラウン修復するんでしょうが、

あえて、

色調再現では不利なメタル・ボンドクラウン修復を選択しました。

クラウンと歯質との辺縁適合性とか、

この患者さんの噛み合わせなどを

考慮しての・モノです。

でも、

メタル・ボンドクラウン修復が実際的に、

美しくないとは思えません。

歯科医師と歯科技工士のコラボレーションで、

決まってくるんじゃないでしょうか?

好きな仕事

明日から新潟です。

木曜日の午後いっぱいまで、

日本歯科大学新潟病院での診療が入っています。

最終の上越新幹線にて東京で1泊し、

翌朝の1番のフライトにて、

帰郷すれば、

高松での朝の診療開始に間に合います。

という訳で、

今日は日曜日ですが、

診療しています。

今日は、

特に特に極細の根管を手当てすることにしました。

ラバーダム防湿下で、

マイクロスコープを使って、

ジックリと、

根管を探そうと思っています。

結局のところ、

私は歯科治療が・好きナンです。

本当の私

先生は、いつも元気ハツラツですねっ。

先生は、ど心臓ですねっ!

先生の心臓には・毛が生えてるんじゃぁ・ないですか?

患者さんや、

大学の医員たちから、

いつも言われるンです。

でも、

そんな訳ないでしょっ。

人は・死に向かって、

ただただ、時を過ごしています。

その時を待っている訳です。

そういう運命の中で、

偶然にも私は歯科医師という仕事に就きました。

この【縁】を大切に、

私は丁寧に【生きる】積もりです。

で、

どうせ【生きる】ならば、

元気ハツラツで・いようじゃない。

見せかけだけでもm

元気ハツラツで。

でも、

本当の私は、

淋しがり屋の甘ったれ。

気も小さいンです。

ですから、

この大きな差に、

私も辛いンですよ。

どちらも、

本当の私です。

 

 

私の行うトラディショナル・レストレーションのルーツ

コレは何だか・お判りになりますか?

メタル・ボンド・クラウン修復の

セラミックを盛り上げる前の状態です。

コレを、

メタル・フレームと言います。

上の歯の全部を修復します。

このような・大がかりの修復治療の際には、

私はメタル・ボンド・クラウン修復が好きです。

その後の手順は・後ほどご覧になって頂くとして、

この治療のあと、

思いだしたように、

ある方に電話したのです。

群馬県の浅見裕先生です。

御年87歳。

日本歯科大学の大先輩です。

私は浅見裕先生を尊敬しています。

初めてお会いしたのは、

私が18の歳です。

同級生である浅見友市朗君のお父上です。

浅見君の親父が来るって云うンで、

晩飯を・たかりに行ったのが、

本当の話しです。

浅見先生は歯科補綴学の大家です。

晩飯のテーブルを囲んで、

次々と先生の口から出る

歯科医学の話題に魅了された時のことを

今でも時々・思い出すのです。

このような歯科医師も居るンだと、

筋金入りの歯医者ってモノを、

知った時の衝撃が、

その後の私の人生を大きく変えたことは間違いありません。

先生は既に引退されています。

でも、

今日の話題も・部分入れ歯でした。

電話を切る前に先生は仰いました。

三枝君、

ズッと歯医者やれよっ!

生きてる限り・歯医者やれよっ!

グッと胸が詰まりました。

で、

浅見先生、

淋しい時は、電話くださいよ!

先生の歯科医学は、

血こそ繋がっていませんが、

私の中に流れていますから。

私は判るンです。

歯の職人だからこその・苦しみが。

孤独な仕事です。

患者さんとは楽しく会話しています。

でも、

その時の私は、

本当の私では・ないのです。

医療人たる者の絶対的安定感を保った

役者なのです。

診療室から一歩出たら、

淋しい気持ちが頸をもたげるのです。

背負った責任の重さ故と、

特殊な治療を行うことを自分で決めたことに対するケジメと、

特殊ゆえに、

同業の歯科医師からも奇異な目で視られます。

また、

治療に関する相談相手も、

ごくごく限られてくるのです。

答えは・自分自身で出さねばなりません。

そういった・些細なアヤは、

私には判るンです。

何故なら・浅見裕先生は、

本当の歯医者だからです。

先生の御子息である私の同級生の友市朗君も、

臨床の場からは離れて、

群馬県の医療系大学の解剖学の教授として

御活躍されています。

浅見裕先生も、さぞや喜んでおられることでしょう。

先生には、いつまで長生きして頂きたいと願っています。

浅見裕先生先生から大きく影響を受けた

トラディショナル・レストレーションの語り部である者として

私は歯科治療を続いてゆくでしょう。

 

 

日本歯科大学新潟病院・臨床教授として感じること

来週は新潟です。

火曜日の昼休み、

バトミントン部の学生みんなを召集して、

全員の顔と名前を覚えようと思っています。

水曜日の夕方は、

総合診療科の菅原准教授が剣道部に顔を出して

学生たちを一丁・揉んでやるって言うので、

ほぉ・それならば私もと。

胴着を着て、

防具を身につける、

竹刀を手にするのは、

40年ぶりですから、

菅原准教授には、

お手柔らかにと。

先生、本当にお越しにナるんですか?

私は学生一人一人と、

丁寧に接したいと思っています。

コチラから、

機会をつくって学生に歩み寄ることが、

教官の務めだと思っています。

講義や実習以外の、

他の時間が、

学生の心を理解する手立てになると思っています。

青春時代を日本歯科大学新潟キャンパスで送る

学生たちの心に残る教官であることが、

私に与えられた大学からの使命だと思うからです。

若い世代って、

なかなか良いですよ!

国家試験に向かっての猛勉強に励む6学年生たち。

昨年の病院実習の際の彼らの表情を鮮明に覚えています。

講義で缶詰状態の6年生ですから、

私のスケジュール等の都合で、

なかなか顔を合わせる機会はありません。

それでも、

時々、

学食前で、

先生っ!

って、

声をかけられると、

おう!

とにかく頑張れ!

背中を叩いてエールを送るのです。

見事・国家試験に合格されても、

現制度では、

1年間の臨床研修医制度を通過しなければ、

社会にも出られませんし、

大学院への進学もできません。

少しでも多くの学生諸君が、

母校の新潟キャンパスで臨床研修医教育を受けられ、

続いて、

大学院へ進学し、

歯科医学の原理・原則を、

先ずは身につけて、

歯科医師も学者であることの、

自覚に目覚めて欲しいと願っています。

国家試験合格から5年間の過ごし方で、

その歯科医師の将来は決まると断言します。

足腰を地面にシッカリと身につけてから、

最新の歯科治療に挑んで欲しいのです。

母校の学生は、私の子どもです。

良き先導役になることが、

私が・ぶれないことの大きな理由であろうかと思っています。

ご父兄には、

御子弟のことが、さぞやご心配だろうと、

私も親です。

よく判っています。

ご心配には及びません。

将来、人の大切な身体の治療を行う医療人という専門職へと、

日本歯科大学新潟キャンパスでは、

本当に愛情と情熱を注いで、

教育にあたっていることを感じます。