日別アーカイブ: 2013年10月21日

新潟散策

IMG_20120624_092448 新潟から
車で帰ってきて
未だに身体が
揺れ心地である。

 歳をとったと云う事だろう。

 倅と古町へ出向き
夕食を摂っていた。

 ー そう言えば、お前処の
    明訓は高校野球はどうなった?
     選抜もアカンかったんか? ー

 倅の舌打ちを感じて
張り倒した私である。

 新潟の高校野球と云えば
やはり明訓である。

 甲子園のマウンドに
濃紺のMEIKUNの文字の
ユニフォームを
楽しみにしている人間が
大勢いるのであるから
残念至極である。

 明訓は新潟のシンボルとも云えよう。

 新潟のメインストリートである
古町には
ドカベンのブロンズ像が
勢揃いしている。

 私は此の像に接し
嗚呼、新潟へ帰って来たと
感じるのである。

時代の違い

 私の講義は脱線が多い。

 が、教務部長の藤井教授より

ー 年々、ブラッシュ.アップされてますね! ー

と、お世辞でも
お褒めの言葉を頂いたから
先ず先ずであったのだろうと
安堵した私である。

 が、驚いたのは
新潟で大学時代を過ごす
新一年生諸君達に
新潟の生んだ大偉人である
私の贔屓にしている
連合艦隊司令長官.山本五十六元帥の話をしても
皆がポカンとIMG_20120211_095330
していた事である。

 此れは誠に嘆かわしい現象である。

 如何に先の対戦で
敗戦の憂き目をみたからとは云へ、
祖国の歴史から
目を背けてはならぬ。
 こう言う状況であるから、
二宮金次郎等と云えば
さも在りなんである。

 数年前に
東北地方の中学校へ
訪問した際に
校庭にある
二宮金次郎の銅像に
思わず、
気をつけを
してしまった。

 幼い頃に
此の銅像の謂れを
耳にタコが
数珠になる程に
聞かされて、
其れに較べて
お前はどうだと
辟易したものである。

 時代が如何に代わっても
変えてはならない
尊い心を
若い人たちに
伝えていかねばならぬ。

母校の絆

IMG00173 黄金に輝く広大な稲田の
越後平野の中を
ひたすら北へと
車を走らせた。

 新潟へと辿り着けば
先ずは何よりも
白竜大権化の鳥居をくぐり
道中の無事と
愚息の日頃の守護に
心から礼を述べた。

 その日は
自宅でゆっくりと
旅の疲れをとった。

 隣で末の娘とマリリンが
既に夢の最中であった。

 翌朝、萬代橋畔を
娘とマリリンで散歩した。

 ナッツで
熱い紅茶を啜りながら
午後からの講義の
最終準備をしていたら
娘から
はやくせねばお兄ちゃん達に
怒られるよと
囃し立てられ
店を後にした。

 マリリンを散髪へと、
娘を保育園へ送って
タクシーから
日本海を
眺めていた。

 今日は珍しく
遠くの佐渡が
鮮明に見える。

 大学前で
車から降りて
附属病院の建物を
見上げた。

 日本歯科大学の新潟校の
一年生に対する特別講義を受け持って
今年で五年目となる。

 プロとしての
自覚を促すための
カリキュラムで
プロフェッションと云う
科目であるそうな。

 私の時分には
その様な科目は無かったが、
確かに
医人教育には
必要かもしれぬ。

 教壇からの学徒は
誠に清々しく
将来の歯科を背負って貰いたい。

 日本歯科大学の者にしか判らぬ
厚い絆で
我々は結ばれている。

 講義を終り
中庭へ出れば
開学の師である
中原市五郎先生の像が見えた。

 無意識に姿勢を正す
自分が居た。

 青い空が頬に暖かかった。