月別アーカイブ: 2014年5月

新潟にて その4.

新潟は、とても清々しい快晴でした。

写真は、日本歯科大学新潟に学ぶ学生諸君の実習風景です。

学生各自に、充実した設備の整った実習机が配備されています。

患者さんに模したマネキン人形が設置されて、あたかも診療しているのかと錯覚するかの実地体験が可能な程の設備です。

私は歯科保存学の実習を担当しています。

午後の1時から6時半までのぶっ続けで、実習は行われます。

歯科保存学の教官達が、実習室の中を歩き回り指導する光景は、一般の方から観れば異様な光景かもしれません。

ー 示したスライドの通りに、器材を並べて下さい!置く順番も、置く方向も全く同じ様に! ー

鈴木講師の掛け声に、私は安堵しました。

医師の養成には、この様に上から目線での、此方の言う通りにしなさい的な要素が大切だと思っています。
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一見、不条理に見えるかもしれません。

が、徒弟制度的な要素こそが、手指の仕事を身体に焼き付けるためには、絶対に必要だと私は信じています。

ー 清潔.不潔の区分を確りと!スライドに無いものは全て片付けなさい! ー

嗚呼、母校の教育は大丈夫!と安堵しました。

これからインプラント治療を受ける患者さんへ その19.

ー インプラントは一生もつと言われました! ー

この間、私の診療所へ初診でお越しになられた患者さんからの言葉でした。

それならば、その先生に治療をお願いしてくださいと、
ニコニコ顔でお応えしたら、

ー 考える処が在って ー

と、これまたニコニコ顔でお応えなられました。

私のインプラント治療歴は26年になります。
ですから、其れよりも長い経過は経験しておりません。

だから私は、インプラント治療が一生もつと云う言葉は使えません。

加えて、私が手術した症例の中でも、インプラントと骨とが結合しなかったものも少しですがあります。

絶対に大丈夫!などと言い切る医師を、私は嘘つきか無知だと思っています。

現にホームページ上で、インプラントの失敗はありません!と宣言している歯科医院での患者さんが、
何人か私の診療所へ転院されて来られました。

インプラントは確実に骨を失っていました。

ー 恐くて行けません! ー

と、皆さんが一様におっしゃておられました。

私は態度はでかいのですが、気は小さい小心者です。

メスを手にする時に、私は何時も祈る気持ちです。

人のする仕事に絶対に!はありません。

慎重の上に慎重が私の持論です。

だから絶えず悩んでいます。

患者さんを背中で背負う気構えで、毎日の診療を行っていますが、
臨床医師と云う仕事は、シンドイものです。

毎日が勉強だと思って過ごしています。

インプラント治療だけに拘わらず、ご自分のお受けになる治療全般に慎重にお考えください。

私の診療所 その4.

私は商家に生まれ育ったために、歯科医を客観的に観て来られたと感じています。

ですから此の業界に入ってからと云うもの、驚きの連続でした。

第1に感じたのは、皆が井のなかの蛙!

次が、衛生的に不潔!

そして、お金持ちと思っていた歯医者さん達ですが、良い物を知らない!

最後が、皆が群れを作りたがる!

その様に感じながら過ごして来ましたので、歯科の中では随分と損をしてきたと思います。

歯科と云う仕事は患者さんのために在るものですから、
目線は患者さんの方にだけ向けていれば良いのです。

患者さんの健康のためを第1とするのが、私達の責務であると思っています。

歯科の最大公約数ではない、どちらかと云えば【我が道】を貫いてきた私ですから、
私の診療所は【よくある歯科医院】とは違うと思っています。

私は育った環境に感謝しています。

それはつまりは、両親や身内に感謝していると云う事で、
良いものに触れさせてくれた寛容さに、本当に幸せな境遇で育ったと思います。

何事にせよ、もてなしや、サービス、ホスピタリティは言うは容易し、
ところが実行となると、やりようによっては、
下心、営業色、などが見え隠れして、イヤらしさが露見してしまいます。

心のある、いたわり、感謝に裏付けされた上品なホスピタリティを、
私は自身の診療所で実践したいと思って来ました。

最大公約数の歯科に無い、私流の歯科が私の診療所です。

当医院にこれから来院する患者さんへ その8.

私の診療所へ初めてお越しになられる患者さんは、皆さんがとても緊張されているようです。

スリッパに履き替えながら、周りを見渡してキョロキョロされて、
最初は、私にも色々話をしたい事があるのでしょうが、言い出せない様が伝わってきます。

私は笑いながら、決して恐い人間ではありませんが、多少、人相が悪いので損をしておりますと、
毎度の台詞を申し上げて、

ー さて、今日はどうなさいましたか?お困りの点は如何ですか? ー

と、これも毎度の台詞で診察を始めます。

私は精密機械による検査も大切ですが、其れよりももっと、患者さん自身の心に溜まったものを吐き出して頂いて、
治療の方向性を見定める事の方が、今後の治療のためには、より重要であると思っています。

キザな言い方ですが、私は自分で手指の方は器用な方だと思っています。

新しい治療の取得についても、見せて頂いたら直ぐに指の方で動いてくれる方で、あまり苦労した事はありません。

ですが、治療が上手くいかなかった事も当然、経験しております。

その様な経験を振り返って反省してみますと、患者さんからの聞き取りが足らなかったと認めざるを得ないのです。

ですから、私は患者さんからの聞き取りを、とても重要視しています。

2、3回お越しになられたら、皆さんがリラックスされいるようです。

私は緊急性が無い場合には、私が納得するまで治療は始めません。

長い間の経験から、何事にも、

ー 何故?何故?どうして‥? ー

と云う癖がついてしまいました。

たかが歯科と思われるかもしれません。

が、私にとって歯は、十代の後半からズーと追いかけてきた広い空の彼方に浮かぶ雲の様な存在です。

私にとっては、されど歯科。

宮本武蔵の言葉に

【万里一空】

と云うものがあります。

何処まで歩いて行っても、ただ空は広がり続くばかり。剣の道とはその様な空の様な存在である。

と言った処でしょうか?

私にとっての歯も同じです。

私にとっては、毎日が未知との遭遇です。

どうか緊張しないで、私に語って下さい。

これからインプラント治療を受ける患者さんへ その18.

他の歯科医院でインプラント治療を勧められた患者さんが、どういう訳か?私の診療所へお越しになられる機会が多いのです。

恐らく、皆さんがインプラント治療というのが、他の歯科治療とは違うと認識されており、
どうせなら、骨を削る恐いインプラント治療、高額なインプラント治療をするならば、
専門の処でとお考えの結果、私の診療所へ来られたのだと思います。

こういう場合の患者さんに共通に観られる面白い事があります。

皆さんがインプラント治療を勧められた部分にしか目が行っていないこと。

プラーク.コントロールが不備で、インプラントを入れる状態に至っていない場合が多いのに驚いてしまいます。

インプラント治療は、プラーク.コントロールが終了して、確りと患者さんが綺麗に歯磨きが出来て、
尚且つ、私達によって清潔な口腔環境が整えられてからするべき治療です。

皆さんが驚かれますが、1から歯磨きを見直してみましょう!

エチケットのための歯磨きと、治療のための歯磨きは違います!

良い環境下でのインプラント治療は、本当に良い治療だと思います。

私の診療所 その3.

私の診療所へ、

ー 詰め物が取れたので! ー

とか、

ー チョッと虫歯が出来たので! ー

と云ってお越しになられる患者さんは、いらっしゃいません。

悩んで、悩んで、悩み抜いて、
歯医者にさえも、自分の口の中を見せるのが恥ずかしいと、
悩んで、
やっとの決意でお越しになられる方が殆どです。

ですから、私の診療所では、
どなたにも、話の内容が聞こえない様に注意しています。

診療所の中で、他の患者さんと、お顔を合わさない様に配慮しています。

お口の状態に自信が持てない様になった原因が、
患者さんには無い場合も、とても多いのです。

私は毎日、何十年も、色々なシビアな患者さんのお口の治療をしてきました。

お口の健康を維持するには、患者さんの理解と協力が必要です。

恥ずかしい気持ちよりも、私と一緒に頑張ってくれる気持ちが
私には必要です。

【本当に困った時に思い出して下さい】

を、自負してきた私です。

決して恥ずかしいと感じる事は要りません。

それが私の仕事です。

私の診療所 その2.

私の診療所には、広い待合室はありません。

一人掛けの椅子が二脚ある小さな待合室が二つきり在るだけです。

歯科と云う仕事の特徴柄、血液や唾液からの感染から、患者さんを完璧に守らなければなりません。

御一人の治療が終わったら、次の患者さんが治療に入られる前に治療環境を整えるために
沢山の準備があります。
治療椅子周りの消毒やらユニットの殺菌など様々です。

また、丁寧な手仕事をしたいと思ってズーとやってきました。
一度に大勢の患者さんの治療を、私はできません。

ですから、私の診療所にはこの程度の待合室で充分なのです。

そういう訳で、私の診療所には受付カウンターもありません。

患者さんの病状の説明や、お名前やお電話番号から始まって、治療費用まで、
私は患者さんのプライバシーに関する事は、他の患者さんには知られない環境を整える事が
大切だと思っています。

一時前に【お、も、て、な、し】と云うフレーズが流行りましたが、
私のこの診療所のスタイルが、私流の患者さんへの、おもてなしの形です。
私流のホスピタリティだと思って下さい。

治療は、申し訳ありませんが、遅い時間まではやってません。

私も、もう初老です。
疲れた眼で、疲れた身体で、患者さんを拝見するのは、私のプロとしての気持ちが許しません。

私はベストな環境、コンディションでで診療したいと思っています。

私の診療所 その1.

遠方よりお越しになられる患者さんが多いので、私の診療所についてお話しさせて頂きます。

瀬戸内海に面する香川県の県庁所在地である高松市は、讃岐高松藩の城下町です。

先の大戦にて街は空襲を受けて、昔の面影は殆ど残っておりませんが、
碁盤目に綺麗に割り振りされた通りと区画は、当時のままです。

街の大通りである中央通りは、サンポートと名づけられた街の北の外れの港から、
南北に街を貫くように走り、その通りを取り囲む様に旧市街が形成されています。

高松市の中心部に、この中央通りに接して、市民の憩いの場として在る中央公園の南東に
私の診療所はあります。

私の診療所は、中央通りと交差する菊池寛通りに面しています。

三階建ての小さな洋風建築の白い建物で、パリのサントノーレ通りの私の贔屓にしていたホテルを模しています。

建物三階の窓の部分が、普段私が診察を行っている診療室部分です。

二階の窓の処は、ちょうど私がこうしてブログ等を綴っている書斎で、一階は家人が子供服の店を商っております。

建物に向かって右側にある深緑色のドアを開けて頂くと、私の診療所です。

私の診療所の看板には

ー オーラル.リハビリテーション.クリニック ー

と、標榜しています。

この言葉に馴染みが無いかもしれません。

私の治療は、困った患者さんの機能を回復することにある!の想いから
この言葉を前面に打ち出しています。

私の診療所は、決して恐い処ではありません。

私と患者さんは、家族のような長いお付き合いをしています。

身体が大人で心が子ども

来週の月曜日に予定をいれていた患者さんの技工物が昨日届きました。

総入れ歯を造る際に、人工歯を並べる基準となる器のようなものです。

この器に患者さんの口の中の様々な情報を入れ込んでいきます。

私は今、この患者さんの総入れ歯造りに燃えています。

何故なら、難症例であるからです。

チョットやソッとでは上手くいかない事が優に予想される難しい症例です。

高い山ほど挑みたくのが、山男の習性であるそうです。

私は山男ではありませんが、この患者さんの治療を楽しんでさせて貰っています。

ですから、目の前に在る技工物を目にしてしまったら、もう駄目です。

スタッフの宮田君に

ー 〇〇さんにお電話して、明日来て貰って! ー

と伝えてしまいました。

この春に社会に出た娘が中学生の頃に、

ー パパは身体が大人で心が子ども! ー

と、半ばあきれ顔で言われた事を思い出します。

そうかもしれません。

ズーと好きな歯の仕事を追いかけて来ました。

ズーと、そのように出来た私は本当に幸せな人間だと思います。

医師と患者の距離 その1.

先日、私が眼科へと受診した時のことです。

一軒は高松市内の眼科開業医です。
この医院は、以前私の診療所へ通っていた医療関係者から聞いた処です。

歯科と眼科の違いからなのかと、自分に言い聞かせて、この医院での時間を過ごしました。

雑然とした待合室。
憮然とした形式通りの受付。
殆んどパソコンの画面から眼を離さないで私に話しかける医師。

二件目は県外の開業医です。
この医院は、私なりの勘で行くことにしました。

無論、好き嫌いも在るのかもしれません。

が、一軒目の医院とは全く全てが違っていました。

医療機関と云うのは、程度の大小こそ在れ、病気の人のいくところです。

暖かみが何よりの手当てである事を疑う人は居ないでしょう。

営業での口の上手さ等は、耳障りでしかありません。

本心からのいたわりの所作は、病を癒してくれます。

私がスタッフを辞めさせる事は殆んど在りませんでした。

それでも長い間、開業医をやっていますと、なかにはやむを得ない場合もありました。

何年か前に辞めて貰ったスタッフですが、この子はやたら愛想が良かったです。
患者さんの身なりを誉める! (これには本当に困りました!ハシタナイから止めてとは、いくら私でもハッキリ言えなかった!)
前に勤めていた勤務先の内情を、此方が訊きもしないのに、ヤタラに話す。
(この時に、この子は駄目だと内心では思って、大切な事は見せない様に注意して、辞めさせるタイミングを身構える!)

何故、今このような話をするのかというと、
医療の仕事に携わる人には、向き不向きというのが大いに関係すると思うからです。

この子が以前勤務していた歯科医院では、患者さんが診察室に入られる時には
医師もスタッフも総出で最敬礼の姿勢で向かい入れしていた様です。
医師も患者さんの時計や持ち物に、大いに関心を示して誉めちぎっていたこの医院で教育を受けたならば、
夜の世界では役にたったでしょうが、ただ、この環境で仕事をして来られたと云うのは、そもそもその子自身が
医療の仕事は向いていないと言えるでしょう。

患者さんから観れば、医師と云う立場は、向こう側と云うか、少なくてもこちら側という風には思えないかもしれません。

が、馴れ馴れしくする必要はありませんが、少なくても私共医師は、不謹慎なスタッフが不幸にして紛れ込んだ時には、
それが現状自身のスタッフであっても、その環境から患者さんを守らなければならない場合もあるのです。

目に見えるもの、例えば待合室の整然さなどから始まって、スタッフの態度から医院の清潔感からくる快適さ造りから
目に見えないヶ所全般に渡って、医師たる者は患者さん優先で居るものです。

ただし先の歯科医師の様な優先の有り様は、この医師そのものに医師としての最低限の適応が無いという事を物語っています。

接遇について述べて来ましたが、治療方法の決定はもっと難しいものです。

時と場合によっては、今現在患者さんが希望される治療方法が、本当はその患者さんには不向きである事が医師には解っていた時には、
説明の仕方がデリケートで微妙なものです。

患者さんと医師の信頼関係が築けるには、治療の結果、良い状態にならなければなりませんし、また時間もかかります。

ですから初めての治療で先のようなシチュエーションであれば、御理解頂けると思います。

医師と患者さんの距離感と云うのは、とても難しいものだと思います。