日別アーカイブ: 2014年9月19日

何故だろう?

私は縁が在って、歯科医になりました。

歯科医と云う仕事が自分に向いているのか、いないのか等は考えたことはありません。

凡そ自分には特別な才能もなく、縁が在って就いた仕事ですから、大切に向かい合いたいとだけ考えてこれ迄過ごして来ました。

もともとが単純な性格で、自分を凡才と認識しているからかもしれません。

他に取り柄がないことを良く認識しているから、歯にしがみついたのかもしれません。

歯の世界にドップリと浸かってみて、これで良かったのかどうかも考えたことはありません。

反抗期の倅が、この夏に私を少数派と罵りました。

私はある時から自分が多数派でないことを自覚していました。

望んで多数派でなようにと意識したことはありません。

私が【良い歯医者】に成ろうと努めれば努めるほど、ふと後ろを振り向くと、
大勢とは違う境遇になっている自分に気がつきました。

結果、多くのものも失いました。

結果、人が診えるようになりました。

芸の道に妥協は禁物です。

自分を責めて、叩いて、はじめて身につくのが技術です。

今では社会人となった娘は金融機関へと就職しました。
あれほど迄に、クリエーティブな仕事に就きたいと欲していた娘ですが、
無難に食べていく道を選んだことに、何故だろう?と思ってしまいます。

これが普通?の親であれば喜ぶのでしょうが。

娘も倅も、歯の仕事は大変シンドイと感じている様です。

当の本人は、死んで生まれ変わってても再び、歯医者になりたいと思っているのに‥。

楽い仕事なんかある筈ないじゃないですか?

平坦な人生なんかワクワクしないじゃないですか?

この仕事に就いたら、将来は大丈夫!ってオモシロクないじゃないですか?

何でみんな、安心、安全な人生をなんて虫の良い考えするんでしょう?

治療に於いてもそうですよ!

患者さんへは絶対に安全で安心な治療を施さなければなりません。
そのためには、医者はリスクを背負ってメスを持ち、自分の身体を削って勉強や訓練に励むんです。

誰かを楽にさせるには、誰かがシンドイ目をみないとが判らないんでしょうか?

何でこんな簡単なことが判らないんでしょうか?

私の新潟

毎月、新潟へと通う生活も早いもので、6年目を迎えます。

皆が一様に、遠方故にさぞかし大変でしょうと労って下さいますが、
当の本人は嬉々としていると云うのが本当の処です。

高松市での生活は、まさに歯の仕事一色です。

朝起きてから夜に床に入るまで、診療とそれ以外の時間は、疲れた眼を温めたり、腕に湿布を貼ったり等の身体の手当てなどや、
文献を読んだりで、歯の仕事のためだけに生きていると、ふと、その様な生活を、これで良いのか?と考えさせられる時もありました。

新潟では、ゆっくりと萬代橋界隈を信濃川を視界にやすらぎ堤から、朝の開店準備に忙しい本町市場から人情横丁を抜けて、
途中で白龍大権現の祠に立ち寄って、小路にマリリンを繋いでナッツでいつものモーニング。
大きく尻尾をフリフリのマリリンと再び、柾谷小路から自宅へと時間をかけての散歩の後は、ゆっくりと着替えて大学へ。

夕刻には帰宅し、駅裏の丸善へとマリリンを伴って、ゆっくりと本探し。

新潟での私は、日頃の乾いた心や疲れた身体の手当てに充てていると言っても過言ではありません。

街は広大な日本海と向かい合うように形創られ、大陸からの風を受け、街のど真ん中をゆったりと大信濃が流れる新潟市は、
まさに水の都と云えましょう。

湿った大気に包まれて、穏やかな陽射しと心地よい風の中に暮らす人々もまた、性格も穏やかで人情味溢れるのは当然の結果かもしれません。

これから厳しい冬が訪れますが、雪風に頭を垂れて道歩く苛酷さが、人として現代人が既に失った大切なものを、
この地に暮らす人だけに遺せた要因かもしれません。

普通であれば、くたびれ気味になる私の歳ですが、未だに歯への強い情熱を維持し得るのは、
新潟での暮らしがあるからだと思っています。