日別アーカイブ: 2015年7月15日

窓辺にて

院長室の窓は、菊池寛通りに面しています。

私鉄のターミナル駅から真っ直ぐに中央公園までのびたこの通りは、

朝の出勤時刻付近ともなると、大勢の通勤者で行き交います。

窓から目にはいる名前も知らぬ多くの人たち

皆それぞれに生活があるんだな、と、何気に想いながら煙草をくわえています。

どの様な生活の過ごしようが理想であるのかは、人それぞれに違うでしょうが。

私のような無頼の人間は、凡そ勤め人などハナから向いていないことは若い時分から判っていました。

歯科医とという仕事を、健康福士のと考えずに、ごく繊細な手仕事と観れば職人仕事の分野が最も適した種別けではないかと思います。

手先の職人仕事に就いたのだと、ズット意識して過ごしてきましたので、

元来の無頼さが尚更、発展して頑固一徹に成長したのかもしれません。

患者さんの方では、正確な治療を求めてお越しになられ、また接する際に於いても

私に一歩下がったハンディキャップを与えて下さっているのが判ります。

本当にありがたいと感謝して過ごしてきました。

診療所に居る時が、本来の私であるのでしょう。

昔、藤山寛美が楽屋にて寝泊まりしていた気持ちがよく判ります。

私ら職人は、仕事場に居るからイキイキするのであり、

一歩、外へと出てしまえば、何の取り柄のないただの阿呆烏でしかありません。

その辺りの痛い処を突いてくる野暮な輩に、私ら職人は、抵抗する手当てを持ってはいません。

自分の仕事を追求すればするほど、仕事にはテッペンがまだまだ上の方に動いて移動していくのを

ヒィヒィ言いながら、時には背伸びを、またあるときには腰を屈んで、

力をつけることだけに多くの時間を費やしてきた繰り返しの人生でありましたから。

夜なべの徒然なるままに

長い人生の中で様々な経験をして人格が形成されます。

辛苦に対しても礼を述べなければならないと思います。

但し、気苦労の大半は自身に原因が在るように思います。

論理的に物事を整理できれば、多くの悩みは解消するはずです。

そうも往かないのが人生。

例えば子供の気苦労は、理屈抜きで親なら生涯続くでしょう。

アル時まで、私は悩みを抱えた時には他人の意見を求めていました。

何故なら、自分に自信がなかったからです。

私は18の歳で、この歯科の道に入りました。

で、何十年。

ただただ、歯科道に没頭して過ごしてきました。

ですから、どう考えて観てもバランス感覚の採れた人間でないこと位は自覚していました。

逆に云えば、そのように客観的に自己判断出来ない医者は阿呆だと思っています。

ですから何かしら問題に直面したときに私は、原因の根本が自分に在るのならば

その欠点を自らで治さなければならないと考えて、他人の意見を求めていました。

今、現在の私ですか?

色々な不快なことは続きますよ。

不安な気持ちにもなります。

が、こういうことってのは結局は私の力では解決出来ないんだと悟りました。

ですから、他人に相談することは無くなりましたね。

こういう事を言っちゃなんですが、

私の歩いてきた道筋の厳しさに、普通の方は選ばないでしょうが、先ずは耐えれないでしょう。

現状も同じこと。

聞くまでもない。

私は正否は兎も角、私の前の道は自分で木をなぎ倒して歩いてきましたから。

娘たちも大きくなりました。

口答えもされます。

そのような時には、頭をパシンと叩きます。

児童虐待ですか?

これが児童虐待だとお感じになられる方が居られるとしたら、

是非にご自身の頭の中と判断基準を虐めつけるべきだと思いますよ。

世の中が変に萎縮し過ぎて、私は自身の子達をこの国に託せない想いを強く持っています。

等など考えながら、珍しく今夜は夜なべです。