月別アーカイブ: 2016年7月

医者の不養生

右肩の不調にて、

左手でキーボードを叩いています。

昨日はとうとう、

いやいやながら、病院へと。

肩の関節に、

鎮痛剤とヒアルロン酸注射を2本。

医者の不養生です。

痛みは軽くなっています。

海軍体操を真面目にする積もりです。

歯の治療の醍醐味

肩の痛みが酷く、

昨日は早仕舞し、

マッサージへと。

この処の無理が祟ったのだろうと。

この数年になりますでしょうか?

手の指の先に目がついているような感触を感じます。

歯は私にとっては

大きな大きなキャンパスです。

楽しくて仕方がありません。

で、

つい、し過ぎるんでしょうね!

活きている歯に

キチンと手当てが為されたら、

歯は

イキイキとした色調に変化するのです。

生命の水分豊かな色調に変化するのです。

ここに歯の治療の醍醐味が在ります。

私の診療所

私がスタッフを大勢に雇用しないのには訳があります。

歯科衛生士の資格保有だけでは、

私の診療所では務まりません。

巌のような口の堅さの人でなければ

私の診療所のスタッフとしては不向きです。

診療所とは、

徹底的にプライバシーを守る場所だと考えるからです。

愛想の良さは、

私の仕事柄、

最重要なモノではありません。

加えて、

患者さんへの労りの気持ち、

そして、

プロとしての自己修練。

となると、

そうは簡単にはいきません。

そういう事なのです。

トーナメントプロ

今では既に現役を引退されて時々シニアにて

そのプレーを拝見する機会があります。

現役時代、

歯の治療に通って来られていた患者さんです。

マウスピースの調整などには、

特に細心の注意を払った記憶が

鮮明に甦ってきます。

スーパースターと持て囃された花形選手でした。

が、

実際は寡黙な、

仕事職人であったことを私は知っています。

肩や腕、首から背中の痛み、

足腰の故障と戦いながら、

トーナメントにおいても、

戦場に立つ戦士である姿は、

陰での努力を知る者として、

余計に感動したのは言うまでもありません。

帰宅してから、

眼を温め、

肩にボルタレンジェルを塗り、

ストレッチする自分の姿を

当時は予想も出来ませんでした。

マイクロスコープを使った細かな作業は

確実に身体を傷めます。

故障との戦いも、

歯の職人の仕事の一部になりました。

今日も手術、手術。

で、

マイクロスコープを使った根管治療。

若い歯科医の先生方からしてみれば

羨ましいのでしょうが、

トーナメントプロの辛さは、

本人でなければ到底、理解できないと思います。

 

親孝行

昨夜は随分と夜遅くまで

新潟に住む愚息と、

電話にて話し込んでいました。

私が新潟へ参ります時には

大学からの帰宅が深夜となるために

ゆっくりと話をすることで出来ません。

愚息は、

床の卓袱台に、

ジャックダニエルのボトルとグラスを下げてきて

「 さぁ、父ちゃん飲んだら? 」

ロックを煽る愚息に

大きくなったなと。

私の方は直ぐに眠くなり、

「降参!」

と、寝室へと這いながらという始末。

男同士というモのは、

なんとなく心温まる良いモンです。

昨夜の電話は、

男らしからぬ長電話。

それでも父にとっては、

嬉しい愚息からの親孝行だと。

気合い

初診の患者さんの状態を拝見する都度に、

【どうして此処まで我慢したのだろう?】

最近では【歯磨き】を疎かにする人は稀です。

なのに、口腔は崩壊寸前です。

歯科医の為した治療が【原因の種】であることは

歴然です。

治療する処ほど悪くなる。

患者さんは、歯科医の技術に差が無いと

本当に信じているのでしょうか?

歯科医不信という言葉を

最近では頻繁に耳にする機会が増えました。

歯科医自身は、自覚しているのでしょうか?

私は考えています。

歯科の仕事は、

診断と治療計画が3割。

日々のトレーニングが3割。

残りの4割が手先の器用さ。

毎日の診療は、

誰かさんのやり直し、後始末。

今日も朝からマイクロスコープを使った根管治療です。

最近では、

そういう患者さんが増えました。

歯の大切さに

やっと気がついて下さったのでしょう。

肩や腕、首の痛みと戦いながら、

朝を迎える度に、

ヨッシャ!と、

気合いを自分に入れて

診療所のドアを開ける毎日が続いています。

一里塚

私らの歳ともなれば、

自分だけのことを考えるのは

愚かな老後への一里塚となるでしょう。

この歳になるまで、

私は多くの先生方のお世話になりました。

皆が一様に口にした台詞は、

【いつか若い歯科医がすがって来たときには隠さずに観せておあげなさい】

私は良き師に巡り会う幸運に恵まれました。

日々の診療生活は、

それはそれは時間に追われています。

それでも合間を見つけては、

行進の指導に時間を細切れですが、

割くようにしています。

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東京都心部に開業する女医さんからの手紙です。

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私は、この情熱に応えて差し上げたいと思っています。

良い歯科医が増えれば、

良い歯科治療を多くの患者さんが受けれます。

歯医者は歯の番人ですから。

最近、獣医大学に通う女学生の話を聞きました。

「 勉強で辛いことはないですか? 」

【動物が好きで入ったので辛いことはありません】

既に歯科医になった先生方、

現在、歯学部の学生諸君。

【歯が好きで入った】のですか?

どうか【歯】を好きになって下さい。

 

楽しみたい

高校野球の地方選が佳境を迎えているようです。

ここ香川県の代表も決まったとの報。

選手の健闘を祈ります。

新潟県においても、

決勝戦にて明訓高校が敗退した模様。

甲子園のグランドに明訓のユニホームを見かけないのは、

誠に残念でなりません。

愚息の母校だから贔屓にしている訳ではありません。

明訓は新潟の私学の代名詞であるからこそ、

文武両道であって欲しいと思っているのです。

私は心は越後人の積もりです。

彼の地の力で、

青春坂を駆け上がることができました。

故郷は遠きに在りて想うものという詩があります。

誠に同感な想いです。

瀬戸の凪と日本海の表情は全く異なります。

讃岐の稲田と越後の大地も顔は全く異なります。

この極端さが、

私の心のバランスを保ってくれているのだと思います。

新潟の花火を、

讃岐の人たちに是非に観て頂きたいと思います。

維新の夜明に、

幕府への義を貫いて戊辰の役を戦った

多くの戦士の御霊を迎える花火です。

天高く舞い上がる花火に、

その時代以降に、

自己の責任とは別に命を落とされた

戦死した若人たちの御霊、

災害にて不幸にも命を落とされた方々、

そして身近だった大切な人の魂を

鎮魂する生きている者からの感謝の花火です。

単なる観光誘致のイベントではありません。

雪国の人の、

不器用な生きざま、

馬鹿正直過ぎるほどの純粋さを

感じて頂きたいのです。

この夏は私は新潟へは足をのばせません。

その時間があれば働いて、

その費用があれば愚息に小遣いでも

送ってヤろうと、

父のできる、せめてもの愛情表現です。

愚息には、その少しばかりの金銭の重みは

今は感じることは出来ないでしょう。

が、

いつかいつか判ってくれると信じてやるのも、

父の仕事かもしれません。

私の診療以外の仕事の大半は、

北の国の人々とご一緒させて頂いています。

【必ず訪れる雪解けの時を辛抱して待っているのよ】

山形県最上の豪雪地方で地域医療に奔走する

吉澤さゆり女医の言葉です。

【松の木も大きく育たぬ日本海からの暴風と雪に負けてはならじだがね】

恩師である山口隆司先生の台詞です。

人生は、

勝ちと敗けの連続です。

その刹那の結果に心乱されてはなりません。

負けたら次に勝てば良い。

勝ったら、兜の緒を締めよ。

私はそう自分に言い聞かせながら、

歯科という魅力ある素晴らしい仕事を

精一杯楽しみたい。

勘所

私は所謂グルメではありません。

が、

料理を供する器や盛り付けのセンス欠けた物体を観れば、

ひっくり返してヤろうと、

美に関しては、

瞬間的判断力が働いて仕舞うのです。

車好きな私です。

が、

最近、美しい車が少なくなりました。

昔のジャガーダブルシックスのお尻は、

なんとも云えない艶が在りましたが。

キャデラックのお尻も魅力的でした。

今の車はダメになりました。

最近、

新しいジュリアを視る機会が在りました。

珍しく良いプロポーションでしたね。

内装が外観とマッチしていないのが、

少し気になりましたけど。

料理なんかもおんなじじゃないですか?

土手鍋の小鍋で、

独り熱い盛りに【湯豆腐】するにしても、

冬と盛夏の違いを感じられる然り気無さが、

歯科の治療においても

大切な勘所になってくるんです。

ホスピタリティ

診療所を個室にしたからといって

プライバシーを重要視したことにはなりません。

一般診療室とは別に個室を設けたことが、

患者さんを【区別】した愚かな行為であることに

歯科医も、そろそろ気づかねばなりません。

【区別】の根拠は恐らく、

保険診療と自費診療という治療費用から生じるンでしょうが。

アサマシイ行為であると私は思います。

プライバシー重要の仕方を知らないのは、

恐らく自分が大切にされた経験がないのか、

あるいは、

他人を想う心に欠けているのか。

だからこそ、

若い時分には、

オモイッキリ遊ばねば。

人と人との関わりから

傷つき、

喜び、

揉まれて、

視る目が養われるんだと思います。

私のスタイルは個性の塊だと自覚しています。

患者さんに感謝する気持ちも筋金入りだと自負しています。

私は患者さんから大いに学ばせて頂きましたもの。