日別アーカイブ: 2017年6月9日

私は【目だつ】のだそうです。

序でに、

物事を【ハッキリ】言う質ですから、

強気に感じられて、

反感を抱かれる機会が、

多いことも、

重々承知しています。

有言実行。

其れが私の生き方ですから。

元来、怠け者である性格を自覚できているからでしょうね。

また元来、凝り性である質ですから、

歯科の仕事を

職業以上の感情を持っているのも事実です。

大学生の息子とは、

よく出かけるようになりました。

で、

通りを並んで歩きながら、

綺麗な女性なんかとスレ違った際、

思わず顔を見合わせ、

ニヤリと。

カフェなんかで、

ウエィトレスって最近では言わないんですか?

オーダーを採りに来た若い綺麗な子なんかに、

綺麗な方でよかったなどと、

サラリと言えるようになったのは、

もう男の現役を引退したからだと、

息子から言われた時には

頷いてしまいました。

悪口、陰口を言うよりも、

なんにせよ、

褒める方が気持ちの良いんじゃないかと。

ただし、

親しく関わる相手は、

昔よりもズット慎重になったように思いますね。

男なら、

仕事の出来ない人、

時間にルーズな人、

筋目を通さない人、

野暮な奴、

目標なり夢を失った人、

私の残された時間は少ないですから、

意図して避けるようにしています。

となると、

結果として、

少年心を失っていない人が

私の周りには多いように思います。

若い歯科医師の先生から聞かれたもんで、

この場をお借りして、

徒然なるままに、

私の思う処をと。

今現在、

極々、身近な人が、

言われなき誹謗中傷に曝され、

戸惑い、

苦しみ、

時には怒り、

その心模様の変化を

じっと観て、

感じることがあるのです。

今、

あくまでも黙って堪えることが、

大きな成長の糧になって、

将来必ず、

あぁ、良い経験を積んだことと感謝するだろうと。

そんな風に思って観ています。

誹謗中傷、批判、

そのようなものを恐れる必要はないのです。

何も行動しなければ、

誰からの意見も得られません。

行動することに対する結果には、

必ず賛否両論が在るものですから。

他人の意見に対しては、

あくまでも冷静に聴く耳と心を持たねば愚か者でしかありません。

しかし、

最も愚かな人間は、

他人を誹謗中傷する人そのものですから。

私など、

常に言われなき誹謗中傷に曝されて来ました。

心が傷つく機会も在ります。

しかし、

慣れっこになったのでしょうね?

今では、

肥やしだと思って、

自己成長の糧が来た!

と、

逆に楽しんでいる自分を可笑しく思います。

時に、

誹謗中傷の基であるご本人に遭遇する機会も

狭い世界ですからしばしば。

そんな時ですか?

ニコッと微笑んで、

やぁ、ご機嫌いかが?

それが私の普通になりました。

黙って、

自分の力を蓄えること。

それが一番大切だと思いますね。

心もち

青春期に歯科医師の道を志して、

なんとか此の歳を無事に迎えることが出来ました。

長い人生ですから、

追い風、向かい風、

その度々に

心が落ち着くことがなかったように思います。

しかし、

良い歯科医師になりたいと云う【夢】は

決して【ぶれる】ことはなかったと思っています。

つくづく果報者であると感じますのは、

妥協した治療を

患者さんから求められることが極々、

稀であったことと思います。

ですから、

余計に努めて努力せざるを得ない状況でも在った訳です。

幼い頃から仏さまに掌をあわせて、

見えない力を心底信じて来ました。

真面目に積み重ねることが、

歯科医師としての力量に役立つのだと、

そう信じて、

患者さんに接して来ました。

若い時分には、

持て余さんばかりのエネルギーを

歯に集中照射させていたように思います。

仏教の世界で云う処の、

不動明王のような強さが、

芸事に生きる人間が絶対に味わう【壁】の連続を

打ち破るには必要であったと、

其れは其れで認める処です。

私の【我の強さ】は、

そういう意味において自然発生的産物だっとと

自己弁護せざるを得ません。

私は54歳です。

今でも青春期の夢であった良い歯科医師になりたいと云う気持ちに

微塵の変化もありません。

ただし、

良い歯科医師の意味合いが、

やっと判ってきたように感じています。

岡山県のノートルダム清心学園の校長先生である

三宅聖子先生のような人を

私は嘗て知りませんでした。

私は男ですから、

常に勝ち負けの世界に生きてきたように思います。

が、

勝ち負けなどと云う【物指し】の無意味さを

私はシスターとの出会いにて経験したのです。

私は歯科医学に生きる人間です。

歯科医学は自然科学の分野の学問ではありますが、

それと共に、

人を包みこむ器を持つことに

大きな意義が在るように思います。

今からの私に必要な大切な気持ちを

毎日、ひしひしと感じて、

空を仰いで、

診療所へと通っています。

不思議なものですね。

院長室のデスク脇で、

ズット私を護って下さったいる観音さまのお顔と、

聖母マリアさまのお顔に、

全く違いがないのですから。

今日も手術とマイクロスコープでの根管治療です。

穏やかな心、

波一つない静かな水面のような心、

しかし、

眼はあくまでもハンターのような鋭さ、

指先の動きは精密機械のように、

それが私の選んだ仕事です。