月別アーカイブ: 2018年5月

マイクロスコープの診療

修復治療と根管治療においては、

マイクロスコープの使用は必須です。

大拡大視野の診療は、

歯科治療の精度の向上に大いに貢献しています。

しかし、

少し距離をとって、

全体像を把握することの方が、

より大切であることを

実感し得た歯科医師は、

もっとマイクロスコープを有効に活用しています。

 

セレブ御用達歯科医院だって

もう18年は過ぎた頃の写真です。

前歯のアチコチに、

下手くそなコンポジットレジン修復治療が行われています。

治療が、

かえって、

歯の外観を壊している。

そんな状況です。

治療そのものも、

下手くそですから、

キチンと手当てできている筈もなく、

修復物の内部には、

沢山の虫歯に罹患した歯質が認められました。

30代の女性でした。

巷では、

私の診療所は【セレブ御用達】と言われているそうな。

治療費用が高くて恐い!

で、

躊躇したのだそうです。

ですから、

私の診療所の門を叩く前に、

数件の歯科医院へ相談には行ったそうです。

でも、

何故、それなら私の処に?

彼女は答えました。

経験豊富な感じが無かった。

センスが良いとは、

全体的な印象で、

ここでは無理だと感じました。

今、とても緊張しています。

正直にお話しされていた様子を、

今でも鮮明に覚えています。

結果ですか?

先ずは、

虫歯を徹底的に除去し、

虫歯の再発防止の手当てを施し、

仮歯を造くりました。

歯茎の健康を取り戻す手当てをおこない、

当時は、

メタルボンド・クラウンにて修復しました。

治療結果には、

とても喜んで下さいました。

治療費用についても、

県内のトアル歯科医院の提示した自信満々価格より、

遙かに低価格なので、

驚いたとのこと。

健康保険診療の合間での、

自費治療などは、

私に言わせれば、

街の食堂みたいなものです。

下手に手慣れていない事を行うから、

値段設定も高くて、

治療センスに欠けるんです。

【セレブ御用達】歯科医院といわれ、

それは、

ありがとうございます。

だからでしょうね?

私の患者さんは、

私の患者である事にプライドをお持ちの様子。

セレブほど、

安くて良い品をご存知。

私の実体験から、

それを学びました。

バイクで転倒・歯が折れた!

お電話を頂戴し、

受話器の向こう側から、

何とか助けて下さいと。

応急処置として、

他医院にて、

コンポジットレジン修復治療を受けて、

当座の見映えを改善したのだそうな。

安心して帰宅し、

食後に、

修復物であるレジンがポロリと脱落。

元の欠けた状態に戻ったのだそうな。

で、

ジンジンと痛みが発症し、

歯磨きもままならない。

可笑しいんですよ!

この外れたコンポジットレジン修復は、

マイクロスコープを使って治療したものだと。

ヤレヤレ。

マイクロスコープを使う治療なら

絶対に間違いないなんて、

それこそ大間違い!

至急に、

昼休み返上し、

お越し頂きました。

歯の痛みについては、

私は歯科保存学の教官です。

神経を採らずに、

手当てして、

これは明日、明後日には消えるでしょう。

歯磨きできていないのは、

痛みが在るから、

今は仕方がありません。

これで帰宅して頂く訳にはいきません。

応急処置として、

私のダイレクトボンディング修復。

先生、食事しても大丈夫でしょうか?

どうぞお試しください。

歯科治療は材料や機材が要ではありません。

テクニックですから。

次回から、

私の情熱のブラッシング指導が始まります。
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歯科衛生士像

トアル歯科医院の歯科衛生士は、

患者さんの診察に際して、

先ずは、

弱拡大下でのルーペにて診査し、

続けて、

大拡大下でのルーペにて精密診査。

続いて、

マイクロスコープを使って、

歯肉と関わりのだそうな。

それを知った私は、

誠に熱心かつ立派な

仕事への取り組みを持つ歯科衛生士だと、

大いに感心したと共に、

この歯科衛生士を指導する歯科医師に

疑問感を持ったのです。

マイクロスコープを使って、

拡大下での診査は、

精密な治療には必要です。

しかし、

それは歯科医師の仕事です。

歯科衛生士の仕事は、

歯科医師の仕事の代理ではありません。

木を見て、

森を見ずと言う言葉があります。

歯科衛生士の仕事の中で

最大の業務は、

患者さんが口腔の健康維持のための

動機つけのモチベーションを上げる事です。

口腔の健康維持のためには、

患者さんの日常の食生活から、

習慣、

加えて、

高齢化社会ですからm

医科的見地からの、

口腔への影響を、

考察しながら、

アドバイスを与える事だと、

私は考えています。

つまり、

患者さんを、

人間と言う全体像で捉え、

患者さんの心を掴むこと。

それ無くしては、

歯科衛生士は、

単に口腔の清掃人でしかありません。

若い歯科衛生士は人生経験も少ないのは

当たり前ですから、

その時代に、

シッカリと技術の取得に修練して頂き、、

人として、

女性として、

ひとかどの悩みや様々な経験を経て、

人を診る医療人へと

導いてゆくのが、

歯科医師と歯科衛生士の関わりだと思います。

しかし、

現実には、

話しに聞くような歯科衛生士は稀なる人物です。

折角の宝を

勿体ないと、

私は経験上、

残念に感じるのです。

看護師の理想像としての

ナイチンゲールの生き様は、

医療の現場において、

大いなる灯火となっています。

歯科衛生士のナイチンゲールって誰でしょう?

ここに、

歯科医師の大いなる責任が在ると思います。

歯科衛生士と看護師が、

共に医療人である以上、

人への積極的な関わりが、

プロとしての

大いなる鍵であります。

しかし、

私自身も、

この責任は果たせてはいません。

 

 

 

覚悟

この10年、

母校の学生教育に関与できる幸運に恵まれました。

このことは、

逆に、

私が教えられる機会となりました。

大きな組織で働く人たちの日々の営みを

実際に触れる事ができました。

積極的に働く人も居れば、

単に生きる糧を得るためだけに、

としか思えない人たち。

また、

積極的に働く人たちの中にも、

上昇志向の強さが働く根源である人、

母校愛などのパッションが、

仕事の原動力となって、

がむしゃらに働く人。

そのような様々な教官の中で、

学生諸君は鍛えられるのです。

自分の事が普通だと感じていましたが、

決して自分が多数派ではないことにも、

気がついたのです。

私は医療人です。

その職責の重さに

後悔できない位に

深入りした年齢に達し、

覚悟を決めざるを得ないことにもなりました。

追い打ちをかけられるように、

臨床教授の重任を背負いました。

大学と診療所の2重の仕事場を

与えられ、

これも神さまの思し召しだと、

覚悟を決めたのです。

医師であり、

医療教官である以上、

本来の私を

後回しにする覚悟を決めたのです。

絶対的な安定感と安心感が

私の身体全体から発散し続けることが、

母校が私に与えたミッションであると、

気づいたのです。

歯科医学の王道を歩く姿を

学生諸君や若い歯科医師に

観せるやせ我慢が、

私の残り人生の仕事だと、

覚悟したのです。

神さまからのプレゼント

ドクター・オスラーをご存知でしょうか?

彼は1900年頃、

かの有名なジョンズ・ホプキンス大学の内科教授であり、

1905年には、

英国に渡ってオックスフォード大学の欽定教授として

余生を過ごした、

医学界の巨星であります。

1913年、先生が63歳の年に、

エール大学から記念講演者として招かれ、

1913年4月20日の日曜日の夕刻に、

医学生に【生きかた】と題して講演を行った

原稿が手許に届き、

私は驚愕したのです。

依頼主たるエール大学からは、

講演を道徳的ないし宗教的なものにと。

近代哲学の父たるデカルトは、

天使を否定し、

神と眼に見える物体に楔を打ち付けた張本人です。

しかし、

講演では、

万物の創造主たる神を讃える旧約聖書の時代、

イエス・キリストの生誕によって生まれた

新しい契約の時代、

そして近代哲学の時代から

全てが矛盾なく、

一つの理論的な考え方で構成されておりました。

科学者としての思考回路に囚われず、

一人のジェントルマンとしての、

先生の生き様の中に、

医療人の心が巧妙にマッチした

絶賛すべき内容でした。

医療と宗教の関わりに

矛盾を感じる人にm

人を診る資格が在るのでしょうか?

わが国における常識とは大きく異なるように思います。

人の病気を診る前に、

人を診なければなりません。

歯は人の感情を顕す臓器です。

感情の変化に

人は歯を食いしばったり、

噛み心地を味わいます。

歯が磨り減ったり、

ひびが入ったり、

折れたり、

咬む力の影響下での現象です。

また、

歯を取り巻く筋肉や骨格の変化も

人の心が大きく影響します。

人に心の営みが在る以上、

人が人の病に寄与する以上、

宗教を否定することは愚かし行為です。

私はドクター・オスラーの原稿に

偶然、

出会ったのです。

これは神さまからのプレゼントだと。

 

夢へ

博士号を取得した直後、

当時の指導教授に反抗し、

私は大学の医局を去りました。

医局に一度、

籍を置いた医師が、

医局の後ろ盾を無くす、

と言うより、

私の場合は、

医局を敵に回した訳です。

弟子たる私に反抗された側の指導教授は、

あらゆる処に手を回し、

私の行く手を阻みました。

それでも、

前へ前へと進む事ができましたのは、

歯に対するパッションの成せる技であったと思います。

時代は変わり続けます。

そのような私も、

約10年前には、

医局に講師として復活し、

大学当局においては、

第1学年生への特別講演を担当すると言う

名誉な仕事を頂戴し続けています。

また、

今年度からは、

新潟病院の総合診療科において

臨床教授の任を頂き、

本格的に教育に関わり始めました。

自分では若い積もりでいたのですが、

大学にて本当の若者たちと接し、

彼らの持つエネルギーを羨ましく感じています。

将来への不安や夢への実現に向けて

日々を過ごす若者たち。

しかし、

それは今の私も同じなのですよ。

先々への不安もありますし、

夢は未だに遙か彼方に。

それが現実の私です。

若者たちと全く変わりません。

と言うよりも、

残された時間の少なさと、

老いてゆく自分への焦りを、

経験値と、

面の皮が厚くなった事で

誤魔化しているだけだと。

私も夢へ向かって

進んでいます。

本式の歯科治療と

医療倫理の模範が在る診療所として、

後進育成の場を創ることです。

歯科医学の門を叩いた青春期に抱いた夢へ。

 

医療人の資格

医療関係の仕事を目指す若者たちへ。

これだけは、

肝に銘じていて欲しいと思います。

クールであることは、

とても大切な要件です。

しかし、

クールであることは、

冷静沈着であり、

平常心を保てると言うクールさです。

医療人には、

パッション、

情熱がなければ成り立ちません。

たゆまざる向上心も当然の要因です。

こんなモノだ、

この程度で良いや、

誰それがこう言う訳だから、

やる気が失せた。

そういう人は、

9時から5時までの事務職員でも

勤まらないでしょう。

医療人を目指す若者たち。

是非に、

インターネットで、

ナイチンゲールの言葉を調べてください。

心に響かないのであれば、

医療の道に入る資格はありません。

ナイチンゲールの著作を読めとは言いません。

が、

インターネット程度の知識は

最低限、

読んでください。

優しい気持ちを

誰にでも向けられる性格が、

奉仕の心なくして、

医療人を語る資格はありません。

次の段階に

新しいアイデアが浮かぶと、

何年かかけて、

私は準備に入ります。

治療法なら、

その小実験に着手します。

何年かかけて、

実際の治療法の具体化を系統立てるのです。

診療所のスタイルの変更、

これは、

私の理想の限りはありませんから。

そろそろ、

次の段階に入る積もりです。

私の診療所は進化を続けています。