日別アーカイブ: 2023年3月23日

他人の 意見を 聞き入れる その際 ご用心!

他人の 意見を 聞く ことは 

ドンキホーテ に ならない ために

確かに 大切な 心がけ だと 思います。

ただ、

聞く 相手を 選ばなければ

逆に

誤った 道に 突き進み

自滅の 道を 彷徨う ことに なりかねません。

【賢者は 歴史から学び 愚者は 経験から学ぶ】

ビスマルク大帝の 有名な 言葉です。

私が 人を 観る際に

その人の 生き方 所作 習慣を 凝視します。

人には

それぞれ 得意分野が ありますから、

私の 苦手な 弱点は 素直に 認め、

コレは と云う その分野の 第一人者に 

隠すことなく 正確に 報告し

問題点を 指摘して 頂き アドバイスを 求めています。

ただし、

超優れ者 全てを 認めている 訳では ありません。

最大公約数 として

その方の【倫理観】が 正しい方でなければ

いくら 専門分野の エキスパートで あっても

私の 性格上 受け入れる ことは できません。

幼い頃から

振り返って 観れば

宗教観との 旅路であった と 思います。

育った 環境 でしょうね。

日本間の 一番 由々しき 処に

天照大神 鎮守の神札を 祀った 神棚が 在って、

台所には 荒神様の 神棚が 在り、

トイレには 不浄魔除け の 神棚が 在り、

朝夕 柏手を 打つ。

今で云う 家族が集う リビングルームに あたる 別の 日本間には

ド~ん と 御先祖さまの 御仏壇。

炊いた ご飯は 一番に お供えし

頂きモノ も 一番に 御先祖さまへと。

別段 誰から 教わった訳でも なく、

耳学問ですよ

祖父母 の 唱える

祝詞 お経 を 自然と 暗記して いたのです。

完璧なる 旧い 日本人としての 宗教観を 身につけて いたんです。

中学時代に 出会った

遠藤周作氏の 【彼の生き方】と云う 伝記小説に 想う処あり

氏の 【沈黙】で

初めて カトリックに 触れたのです。

しかし、

氏の 著作は 当時 全て 読破しましたが、

完璧なる 旧き日本人 である 私には

身体の 中の 一部に 種が 植え付けられた 程度だったと 思います。

山岡荘八氏の 歴史小説の 方が

私の 心の 躍動感を 震わせて くれた 時代。

それが 中学から 高校時代の 私でした。

成長する 過程において

選ぶ 書籍も 随分と 変遷して ゆきました。

二十代は 歯科医師免許取得に 専念しなければ なりませんし、

バカの ボンボン息子の 見本の ような 私は

読書 どころか 放蕩三昧に

余暇を 費やす 時代を 過ごした 訳です。

ところが、

三十代は 歯科医学への 熱い情熱が 煌々と 燃え盛り

その中での さまざまな 葛藤から

再び 書籍を 手に した時期 でした。

政治家 軍人の 歴史小説

彼らの 遺した 文献を 長い期間

好んでいた ように 思います。

今は

ジャンル 選ばず

古典的な 書籍を 選らんで いるようです。

書籍を 選ぶ際に

その 時々の 心模様が 随分と 影響する モノです。

五十代に なって からですよ。

再び 

聖書を 手に したのは。

その 五年あとに

カトリックの 洗礼を 受けたのですが、

あの 分厚い 聖書。

それこそ その時々の 精神状況で

旧約聖書に 立ち返ったり

聖書の 中で

彷徨って いるのが 

今の 私です。

聖書こそ 膨大なる イスラエルの民の 歴史書です。

【自分の眼で観て 自分の耳で聴いて 自分の心で 感じて 自分の行く道を選ぶ】

連合艦隊司令長官 山本五十六元帥の 言葉です。

元帥は 常に

聖書 と ベンジャミン・フランクリン伝を

身から 離しません でした。

当時は 敵国の 書籍にも かかわらず ですよ。

昨今、

インターネットの 普及にて

YouTube SNS Twitter 

なんだ かんだと

誰でもが 勝手な 意見を 公言できる 環境に なりました。

その 影響も 大きく

アホウが 国会議員にまで 選ばれる 時代に なったようですが、

薄っぺらな 意見は 暴露される 運命を 辿るのです。

先ずは

偉業を 遂げた 先人の 苦難の 歴史を 識ることが

これからの 自分の 人生を 心豊かに 育むと 

私に あと どれだけの 人生の時間が 残されているのか 判りませんが

愚者だけには なりたくないと 思いながら

歩いて 行きたいと 思っています。