世の流れのなかで

つい先日、急用にて夜通し、新潟まで車を走らせました。

毎月、新潟へは日本歯科大学の新潟校での仕事があるために出向いているので、
確かに四国から遥か遠くの距離ではありますが、さして苦と感じる事はありません。

むしろ、広大な越後平野と悠々と流れる信濃川からの気を、身体いっぱいに頂ける心持ちとなり、
好んで出向いて行くと云う感がないでもありません。

が、この時ばかりは、歳が歳ですから身体の疲れを覚える事はしばしばですが、
心の方が疲労の極致に達し、真っ直ぐに四国にまで帰る気力も失せて、途中アチコチに立ち寄りながらの帰路となりました。

立ち寄った処のひとつである、信州長野の善光寺ではお盆の最中と云うこともあって、一年の中で一番の賑わいで
人と車で溢れかえっておりました。

神社、仏閣を散策するのを好む私です。

が、この時ばかりは散策すると云うよりも、人混みに揉まれに行ったと言う方が正しい表現かもしれません。

それでも、何年ぶりにか訪れた此の古寺の荘厳な佇まいは、相変わらずであり、
あちこちの仏様の姿を眺めているうちに、心の汚泥が濾過されていくのを感じて時を過ごしました。

遥か昔に生きた人の手に造られし仏像なれど、仏様となられし今では、人により受けた疲れを癒して下さるのは何故だろう?と感じつつ、
やっと空腹であった事を思い出して、確か門前の大通りに面した処にあったと、若い時分に訪れた蕎麦屋を探し出すために
足を動かし始めました。

人の記憶とはいい加減なもので、その蕎麦屋、在ることは在りましたが、私の記憶とは少しばかり違った処で
今でも商いを営んでおりました。

ただ、店構えは当時とは比べ物にならない位に立派となり、つい暖簾をという気軽な気分で立ち寄ると云う感は失われていたのが残念でした。

しばらく振りの長野の訪問でしたが、町づくりをある意図をもって、恐らく行政と町ぐるみで行っているのでしょう。
観光で成り立たせようと云う意気込みが、確かに伝わる町の変化でありました。

変えていかねばならない事、変わって欲しくないこと、変えてはならない事を確かに実感した信州長野の訪問でした。