鬼の目にも涙 【母の日】編

少し前、

体調を崩し、

あわや!

という 来月に88歳を迎える 母でしたが、

なんとか 持ちこたへ、

生まれ故郷の【讃岐】で 2回目の誕生日を

迎えることが できそうです。

随分と 物忘れが 進んでいます。

今朝は、

週に2回の 好物のアイスクリームを食べる日で、

ハーゲンダッツの チョコレートアイスと 熱つ~い珈琲を。

買い物ついでに、

母の日のカーネーションを 買い求め、

持ち帰ったのです。

 

どうしたの? これっ?

 

私の幼い頃の 拙い記憶では、

母は 花を こよなく好んで いたと。

庭には、

薔薇が 一面に、

広い 温室を設けて 蘭の栽培が 趣味だったと。

ですから、

今でも 花を花瓶に 絶やさぬように。

穏やかな 日々を 花で 癒して欲しいと。

 

でも、

どうやら 母には 今朝の 花は 様子が違うことが 判ったようでした。

 

今日は 母の日やないか。

 

へぇ~  母の日っ?

忘れとった!

私にっ?

で、

じ~っと カーネーションを眺め、

顔が くしゃくしゃに崩れ 泣き出して、

ありがとう と。

 

キツイですよ!

これは。

私も 歳を経って 涙腺が 弛んでるんです。

 

チョッと 外で 煙草 吸って来るわ!

と、

背中を向けて 外へと。

目頭を 拭く 私なのでした。

強面で チョッとは 知られた私ですが、

母の 嬉し涙は キツかった!

商家独特の 一族との相克の中で、

この母とは 曾て 一戦を交えて、

絶縁状態に ありました。

が、

2年前に、

信じた娘夫婦に 着ぐるみ全て もぎ取られ、

環境の全く違う 東北の 片田舎にある

最低ランクの 老人施設に 幽閉状態に なったのです。

全国の百貨店の社長など

掌の上にのせる程の 女将であった母の絶望は

決定的に 母の脳の細胞に 打撃的な衝撃を 与えたのです。

 

カトリックを信じる人生を

私も 歩んで来ました。

履歴書では 悠々なる人生に 勘違いされる のですが、

悲しみ 哀しみ 悔しさ 苦しさ 怒り、

これらを 乗り越えて 来れたのも、

歯科医学の道を歩くことが、

支えて くれたことには 間違い ありません。

 

私の姉夫婦の人格は 既に承知の上ですが、

その3人の娘たち、

私と最初の家人との間に授かった 3人の子たち。

自分の子です。

離れていても 忘れたことは ありません。

この孫たちは 随分と 母から可愛がられ、

大きな援助も 得ていたのは 事実です。

その祖母の 窮状を見て、

親に、

叔母に、

一言 モノ申す 物差しが なかったことに

私は 祈りを 捧げるのです。

 

私自身は 闘った当事者です。

が、

私の所在を 探しに 探し、

電話口の 向こう側で 懇願する母を

受け入れる 覚悟するに

恥ずかしいですね。

半年 かかりました。

 

赦そう と。

今ですか?

良かったと 思っています。

後ろめたさ が シュンッと 消えましたもの。

人は 自覚していなくても、

多くの 罪を おかすモノです。

人は 弱い モノです。

それで 良いとも 思っています。

が、

悔いが 沢山ある 人生ですが、

選択肢がある際には、

苦しい道を 選ぶが良いと、

私は そう するように なりました。

これからの人生の中で、

好まざる闘いを 仕掛けられる機会も あるでしょう。

その際は、

全力で 命がけで 闘い、

それを

芸の肥やしに するのが 私の選んだ人生だと。