本音


今日も明日も、午後から大きな手術が入っています。

昨日の疲れは不思議とありません。

娘たちのお手伝いのお陰か、家人が病気で不在の気がはりつめているためか判りません。

初診の患者さんも多く、感謝して過ごしています。

子供たちのすべてが私の肩に懸かっています。

頑張らねば!と、孫の歳のような娘たちが成人するまで奮闘せねば!と気負っている自分を感じます。

ホンに家人の病だけは計算違いでした。

生きてくれているだけで良いのだとと思っていないとやっていけません。

治してやれない自分を責めています。

家政婦に家のことだけでもお願いしたらという意見もありますが、

私は自分の手で、家族の手当てをとの主義です。

娘たちも私の想いが判っているのでしょう。

ホンに良い子を産んでくれたと思っています。

神様、仏様のご加護を信じて疑ってはおりませんんが、

どうぞ、治してやってくれ!と、

つい怨めしくお仏壇や観音様を眺めています。

仕事の合間や家事育児の合間に、

家人の元気であった姿が瞼に浮かびます。

娘たちは私の気持ちを和まそうと懸命になっているのが判ります。

パパの甘えん坊さん!と、毎日言われ、

パパ!暗い顔しちゃ駄目よ!と注意され‥‥。

ホトホト情けない父親です。

この頃では、完全に娘全員に仕切られています。

娘たちに言われるがままに、セッセと励んでいるといった処です。

盛り場で徘徊する男性を見掛けますが、私にはまったく理解出来ません。

少なくても私は、家人の気持ちに応えようと過ごしていましたから。

それで独りが苦手になったのだと思います。

子供たちの笑顔に囲まれて、それはそれは幸せであると感謝していますが、

心の中に空いた大きな孔を塞ぐ手当てが判らず、苦しんで過ごしています。

時折、子供たちと外出した際に、

如何にも不謹慎極まりない行儀の悪いご婦人が、

健康にだけは恵まれてコロコロと笑う姿が眼に入るにつけ、

こいつの健康を家人の身体の中に移し代えたいと思って眺めている自分が居ます。

家族が宝物どころか命であった私は、みんなには厳しい人間であったと思いますが

雄の防衛本能の為せる性故の仕方のなった所作でした。

末の娘が、上の娘に駄々をコネテいるのが見えます。

こんなあんなで過ごしています。