入れ歯というもの


いつまでも若い気持ちでいるのを他所に、

私も既に53歳という初老の域に達してきました。

あっという間に、

私も高齢者という扱いを受ける日が来るに違いありません。

生涯現役が私の信条ですが、

それなら、

精密仕事が出来なくなる日が来ることは確実です。

細かな手仕事や手術から身を引く日が来るという現実を鑑み、

将来の自分の役割を念頭に、

入れ歯造りの修行を行う私です。

入れ歯造りほど、

【奥の深い】治療はありません。

通常、歯の治療は【眼】で視て、

指先を心のままに微調整して成り立つのですが、

入れ歯造りは、

指先の腹の柔らかい皮膚が、

通常の治療で云う処の眼の役割を果すということに

最近、気づくようになりました。

入れ歯は、柔らかい粘膜の上に乗っかり、

唇の裏側の粘膜や頬の粘膜、

動き廻る筋肉の塊からなる舌、

唾を飲み込む度に持ち上がる口底粘膜に

囲まれている性格柄、

動く粘膜の形を想像しつつ、

入れ歯を触って触って、

造りあげて行く喜びがあります。

歯科技工士に委ねず、

秘かに秘かに、

針金を曲げて、

一見シンプルに見える入れ歯の中に

私の今の歯科に関する全ての知識と技術を注いでいます。

恐らく20年ほど経つと、

入れ歯のほんの一角が解るようになるかもしれません。