くれない塾に参加する


随分と大昔になってしまいました。

東京都麻布開業の内藤正裕先生のくれない塾の合宿に参加したのは。

越後湯沢の高原の中にポツンと佇むホテルだったと記憶しています。

朝の7時から朝食。

で、

7時50分には会議室。

昼食は1時から2時。

2時から再び講義が再開し、

終了は6時。

で、

入浴のあと食事を済ませて、

また講義。

終了は、

先生の体力次第という始末。

1週間のセミナーでしたが、

2日目から、

先生の喉は潰れていました。

情熱の歯科医。

私も必死でした。

ノートに速記。

夜は自室で、1日のノートの清書。

なんせ量が多いってモンじゃなかったですから。

良いセミナーだったと、

今でもしみじみと思い出すことがあります。

1週間、1度もホテルから一歩も、

外出していないンですから。

そう、ホテルの庭へもです。

その位に、

先生から学ぼうと、

金魚の糞のようにクッツイてました。

愕然としましたね。

レベルの違いに。

その時から先生との距離がグッと縮まりました。

私の人生最良の師匠であり、

親父みたいな存在であり。

思う処あり、

来年の9月スタートのくれない塾50期セミナーを

真面目に受講しようと決めました。

内藤先生の診療所へしばしばお邪魔させて頂いた時に、

ガス室と呼ばれる先生の休憩室にて、

二人して煙草のヤニだらけになるほどに

くわえ煙草に先生のスライドを聞くのが習慣となりました。

いつも新鮮で、嬉しそうに、

で、

さぁどうだ!という表情で熱く語る先生ですが、

当人には申し上げてはおりませんが、

いつもいつも同じ話であるので、

先生もソロソロ老化現象が?と、

笑いを堪えて、

時には、

次に先生の口から出る台詞を

私が言って、

二人で苦笑いってなことも

いつもの光景となりました。

が、

壇上に立つ演者は別の人格に変わります。

それは自分が、そうだからです。

先生が日本1の歯科医であることに、

異論のある歯科医は先ずは居らんでしょう。

50期という節目での、

私が追い続けて歯科医人生を歩んできた師匠の

壇上での内藤イズムから、

今だからこそ、

必ず得る新しい発見と気づきがあると

私は、そう思ったのです。

私は歯科医になりたくて、なりたくて、

歯科医をしている果報者です。

歯科医の中の歯科医が、

私の師匠です。

いち学徒に戻って、

新鮮で、

素直な眼で、

内藤節を楽しみたいと。