パソコン音痴


 診療の合間に
ポストから郵便物を取り出した家人から
一通の手紙を
手渡たされた。

 日本歯科大学の封書であった。

 この様な時に私は、
背筋が凍る想いがする。

 大学からの用事は電話で云うのが
パソコン音痴の私を熟知したる
大学の皆の情けで
手紙とは、はてな?と
学生時代に
ヤンチャの限りを尽くし
大学からの通知で
良い想いをした経験が無い私である辛く。

 恐る恐る封書を開けた。
この様な時の私の表情は
恐らく幼児である私の娘と
変わりますまい。

 生物学の岡先生からの手紙であった。

 先生は私が大学に居た時代には
多分、勤務されていなかったと思うが、
否、
真面目に授業に出ていなかったから
私が覚えていないのかもしれぬ。

 が、私は先生の顔が
ハッキリと判る。

 私も今までアチコチで
講演してきたが、
私は聞いてて下さる方の
大半の顔は忘れている。

 それでも、
岡先生の様に
皆と違った空気で
聞いてて下さる方の
顔だけは10年経っても
忘れない。

 何事にも
偽善や繕いは
見破れるものであるが、
真実も然りである。

 私は、
他人に自慢出来るものを
持ち合わせてはいない。

 が、自身を曝け出して
毎年、母校の1年生に
聞かせる私の講義で
私の話に耳を傾ける
先生の顔があるから
私は学生への
話の程度を
思わず変えてしまっている。

 18,19の子達には
判り辛いかもしれぬが、
まあエエわい!と
脱線してしまうは
全て岡先生のせいである。

 教師もサラリーマン化した中に、
この様な先生に接する事の
機会に恵まれた
ウチの学生は果報者である。

 奴らが大学から
巣立って
私の歳位になった時に
必ずや
先生のありがたさを
思い出すであろう。

 かように
今時に珍しい
岡先生も
熱情の人であろう。

 早速、
メールを打ち
報らされた先生のアドレスに
送信した。

 が、
矢張、私は筋金入りの
パソコン音痴であった。

 早速の返信エラーの通知が。
私は頂いたメールにしか
返せないのであった。

 猿にも解るパソコンの使い方と云う
テキストを破り捨てたる私である。

 頭を抱えた私の顔を
マリリンが
鼻で笑った。