鼻くそ


中学3年の春のことだったと、

大昔のことなのに、

その時を鮮やかに覚えています。

職業文士の巧みな技術に舌をまいたのです。

若かりし頃の永井荷風の著作である

【あめりか物語】と【ふらんす物語】の余りにも美しい文づかいに

それこそ当時は酒の味など判りませんでしたが、

舌の上で転がすスコッチウイスキーの味わいとは

恐らくこういうモノであろうと、

独りで悦に入っていたのです。

それから活字中毒症に罹患し、

往く年月、

昨日もまた、

美しいと、

再び恍惚と頁を捲っていたのです。

神様は不公平なことを時として為さるのだと。

数学者としての業績は云うに及ばず、

その文章の上手さに、

1冊を読み終えた後、

雨足の中、

夜もとうに9時をまわっているにも拘わらず、

車を出して書店へと向かい、

意識してその処女作品を選んで、

再び、

夜が更けるのを忘れて頁のなかに

埋没していました。

最近になってハマっている藤原正彦氏の著作です。

プロの技術とはこういうモノだと。

それにしても歯科医師のプロ意識など

鼻くそのようなモノでしかないと、

毎日、毎日、

苦悶に満ちた表情でお越しになられます患者さんとの

格闘は病との戦いではありません。

ほぼ歯科医師の造った病気であることを

本当は大勢の歯科医師も認識している筈ですから。

自分だけは世間様に迷惑をかけないように

務めましょうと、

床に入って、

もう一度、

明日からもっと励みましょうと、

そんな気持ちで知らず知らず、

朝を迎えたのです。