超高齢化社会の現実に


市井の歯科開業医である私は、

患者さんに寄り添うことが使命だと、

肝に命じて来ました。

ですから、

流れ作業的な効率的な歯科治療だけは

避けて、

患者さんに入り込む姿勢での歯科治療を行ってきた積もりです。

その結果、

患者さんの置かれた家族環境なり、

精神状況を、

私の診療所で吐き出すことで、

患者さん側は気持ちが楽になられ、

私の側としては、

諸般の事情を鑑み、

口腔の健康維持に努める手当てを模索して来ました。

最近では若い世代の患者さんが大勢いらっしゃいます。

勢いあるエネルギーに満ちた人たちを

羨ましく感じることもあります。

しかしながら、

彼らもいつか歳老いることを

忘れてはなりません。

長い期間の主治医として大勢の患者さんと関わり、

老いることを

肌身に痛いほどに感じています。

親の介護する60代の多いこと。

配偶者の介護に四苦八苦する80代の多いこと。

当然、

介護する側の方も、

若い頃には想像もしなかった

体力の低下、

持病との付き合いであったり戦いに、

過ごし方に工夫を強いられいます。

私は歳をとって老いることが

恐ろしくて、

恐ろしくてならなくなりました。

将来の自分を観るようで、

どうしたモノかと、

秘かに心を悩ませています。

歯科治療を行うに際して、

老いることと共存できる修復する。

それが私の大きな関心事になったのは

自然発生的な事です。

法隆寺や東大寺などの古い建造物は、

人間の寿命を遥かに越えた

長い風雪に堪えて、

今日の私たちに、

その姿を見せてくれます。

若い歯科医師たちに、

【考える修復】と云う言葉を発して来ました。

私自身も、

常に、

どうやって治すのか?

と共に、

どうしてこのような状態になったのか?

なぜ?なぜ?

考えながらの診療生活を過ごして来ました。

しかし、

考えを、

もう一歩、

前へ進める必要があるようです。

老いとの共存できる歯科治療。

超高齢化社会に歯科医学が貢献できる手立てが、

そこに在ることは間違いないでしょう。