喜びも哀しみも

院長室の壁にも、

診察室の診療台の真横にも、

必ず視界に入る処に、

この言葉が在ります。

【歯科医療は愛の仕事である】

内村鑑三先生の言葉です。

札幌農学校のクラーク博士。

【少年よ、大志を抱け】

と言えばお判りでしょう。

この有名な言葉を残したクラーク博士の弟子である

内村鑑三先生は、

哲学者、神学者として名高いのは周知の処です。

わが国における聖書の普及も、

内村鑑三先生の功績の一つです。

この言葉の真意が理解出来るようになったのは、

恥ずかしいのですが、

最近のことです。

私の診療所には、

多種多様な原因や症状で、

歯で本当にお困りの方々が、

各地からお越しになられます。

ストレス過多社会です。

例えば、

拒食症の方も随分と大勢にお越しになられます。

その原因もさまざまですので、

対応も、

患者さんによっては、

真逆の所作を行う事も在ります。

私の仕事は、

歯を修復させる事だけではありません。

歯を通じて、

縁が在って、

私の診療所へお越しになられた方の、

お役にたつことです。

今どきは難しい時代ですが、

時には、

患者さんを叱る事も在ります。

一生懸命、

身体全体で、

患者さんにぶつかることが、

私の仕事だと思っています。

先日の日曜日のミサにて、

諏訪司教さまがオモシロいお話しをされました。

人を、

果実のように、

最後まで、

搾って搾ったら、

何になると思いますか?

?????

それは神さまからの愛が残るのですよ。

ミサの度に、

カトリック信者は、

神さまの肉であるパン、

これを御聖体と呼ぶのですが、

儀式のなかで頂き、

食するのです。

この時、

私の身体の中に神さまの命を感じ、

次の1週間の力の糧となるような、

力強い気持ちと、

幸福感に満たされます。

医療と言う仕事の独自性、

これは自分を捨てることに在るように

この頃は思うのです。

治療の度に、

患者さんの診察の度に、

私は私を捨てて、

患者さんしか視ないようになったのは

本当の処、

最近のことなのです。

歯を通じて、

患者さんの過ごして来られた歴史が、

視えるようになったのも、

最近のことなのです。