ぶれない・芯

昨日は・久しぶりに、

師匠である内藤正裕先生と、

電話で・長話しに興じていました。

自動車談義です。

先生の自動車好きは【筋金入り】

オールドモーガンから、

ジャガーのプロトタイプ・これも相当なクラッシックカー。

普段の脚はメルセデスのステーションワゴン。

歯科医師はエンジニア的要素の強い職種ですから、

自然と、

自動車好きが・多いンだと・思います。

カネも・ネェけど、

最近の自動車って、

どういうモンだかねぇ?

【そそる】車が・全く見当たらない!

そうは・思わんかね?

そんな話しから・始まって、

そういえば〇〇先生・ベントレー買ったらしいですよ。

と、知り合い以上、友人以下の、

共通の知人の近況を話ししたら、

あ~・本当に彼が・ベントレー?

そういう人だったんだ。

ふ~ん。

で、

真っ青な・眼にも眩しいブルーのスーツ上下でも、

ベントレー購入祝いで・贈っておきましょうか?

と・返すと、

ガッハッハ!

ベントレーって良い車なんだけど、

俺たち・歯科医師が乗る車じゃ・ないんだよ。

違う職種の人が・乗る車だ。

で、

三枝っ・次は何の車・狙ってんだ?

ソレが・全く・欲しい車が・無いんです。

欲が・無くなったンでしょうか?

違う!違う!

メーカーが駄目なんだよ!

市場を気にし過ぎて・ビビってんだ!

無難で・手堅く・売れる車ばかりに、

眼が向いてんだ!

で、

エコカーだろ?

アメリカの思惑も・計りながら・だから、

駄目なんだよ。

しかし、

この傾向は・自動車だけじゃ・ないね!

世の中全体の流れで、

みんなが・見えなくなってるんだね。

歯科医学も・そういう例外では・ありません。

だからこそ、

【芯】をシッカリと・持ちませんと。

 

メロンパン

内科の主治医からは、

甘いモノを・控えるように、

注意・頂いてるんですが、

どら焼き・饅頭・あん餅が好物・なんです。

ケーキ、クッキーよりは、

やはり和菓子に軍配が・上がりますね。

ところが、

どういうキッカケか、

メロンパンにハマって・しまいました。

毎日、

4,5個は、

食べていると・思います。

コレって、

私的には・マズい傾向なんです。

どうした・モノでしょう。

男の50代は・働き盛り

昨日も・忙しかったですね。

朝1番のアポイントメントは、

患者さんが歯科医師で、

インプラントの手術でした。

患者さんが歯科医師であっても、

別段・私は緊張しません。

医師、歯科医師、薬剤師、歯科技工士、看護師、歯科衛生の

患者さんって・結構いらっしゃいますから。

そのあと、

セラミッククラウンの支台歯形成とプロビジョナルクラウンのセット。

その後は、

松山市からの新患の患者さん。

何処かの誰か・さんに根管治療して頂いてから、

痛みが治まらないそうな。

もう半年だとか。

東京医科歯科大学病院にも、

3回ほど通院。

でも、治まらない。

コレは・プレッシャーかかりました。

向こう2時間30分、

マイクロスコープ視野での根管治療を。

こういう環境で根管治療を行うからこそ、

ラバーダム防湿が必須ナンです。

根管充填まで・終わらせましたよ。

痛みですか?

治りますよ。

最後の患者さんは午後の7時を回っていました。

インプラント修復治療です。

アバットメントを装着して、

シリコン材料で、

プロビジョナルクラウン製作の歯型採り。

本当に歯科医師は【肉体労働者】

今日は、

午前中だけの診察にして、

午後からは、

大学での講義録の執筆に充てようと思っています。

明日の土曜日も、

夕方前には・終わらせて、

神戸市へと向かう予定です。

歯科治療は手先が勝負

根管治療を求めて、

お越しになられる【新患】の方が・多いんです。

できれば、

誰か・さんに、

手当てして頂く【前】に、

診せて下さい。

根管の中を、

天然・自然のままに、

傷まぬように・手当てしたいからです。

歯髄炎で激しい痛みが在る時でも、

症例によっては、

部分的に、

壊死していない・

生活力豊かな・生きた歯髄が、

マイクロスコープ視野で、

シッカリと・確認できます。

このような症例は、

生きた歯髄は・完全に保存できます。

私は歯科医師です。

医師が言いますか?

今回は殺した方が良いでしょう・と。

生かす・治すのが、医師の仕事です。

無論、

一生懸命・手当てしても、

その甲斐なく・という場合もあります。

それは、

寿命なのでしょう。

でも、

安易に、

【歯】を殺し過ぎて・いませんか?

歯を助けて・あげましょうよ。

だから、

根管が誰か・さんに、

触れられる・前に、

見せて欲しいんです。

歯科医師は、

指先勝負ナンですよ。

かく言う私に、

反発心を持たれる歯科医師が・多いことも、

私は十分に・認識しています。

反発心など・お持ちになられる前に、

日頃から、

仕事が終わってからの、

2時間で・構いません。

歯の彫刻なり、

小さな折り紙を切って作って、

爪楊枝2本を、

自分の手先だと思って、

トレーニングしてみて・下さい。

3年も経つと、

キッと、

歯科治療に対する考え方が、

激変してくると・思います。

若い時分の喧嘩は・人を成長させると・思うのですが

爆笑しましたよ。

昨年の何時だったでしょうか?

日本歯科大学の藤井学部長が、

しみじみと、

私と、

あと、

誰と一緒だった時でしょうか?

真面目な顔で・言うんですから。

学生時代の三枝さんは、

本当に恐ろしかったですよ。

いつ・ぶん殴られるかと。

なんか・する時には、

先ずは、

三枝さんに・話しを通して・おきゃんと。

そんな空気が・ありましたから。

しかし、

よくも・まぁ、

何処で、

どういう訳で、

真面目に・なりましたねぇ!

そういう私は、

若い時分から、

真面目だと・思っていますが。

ただ、

黙っているだけですよ。

ソレに、

ガタガタするのは、

面倒じゃない?

喧嘩を売られたらですか?

今は、

速攻で・逃げますよ!

猛ダッシュで・逃げます。

怪我でもしたら、

患者さんに・ご迷惑が・かかりますもの。

ただ、

仕事上の戦い、

男の面子に関わる戦いなら、

徹底的に・ヤラシテ貰います。

先生、

カトリック教徒なのでは?

カトリック教徒は、

叩かれ役では・ありません。

マッカーサー元帥も・敬虔なカトリック教徒でした。

名誉に関わるイチャモンを、

私につけようという、

大それた度胸の在る輩。

ソレが、

同業者である歯科医師に、

いらっしゃるんですよ。

私の耳は地獄耳。

何処のどなたかも・認識済みナンですよ。

ただ私も・57歳ですからね。

徹底的の作法は、

若い時分とは・大きく違うと・思います。

でも、

何で・私に喧嘩・売るんですかねぇ?

興味も・ないんですが。

でも、

仕方ありませんね。

潰れる覚悟を・よくよくご決心なさって、

策略を講じて下さい。

私が、

私の紳士道にかけて、

一刀両断に。

木枯らしが吹いて、

跡には、

何も・遺らないでしょう。

 

 

 

 

 

 

学徒

意外かも・しれません。

私の秘かな・ライフワーク。

微生物の研究ナンです。

研究結果は、

ドンドンと、

出てるんです。

が、

まだ公表する段階には・至っていません。

現段階の、

途中経過の実験成績で、

論文発表は・できるんですが、

完全なる理論武装を徹底的に検証し、

ご披露させて・頂きたいと思っています。

あと何年か・必要とするでしょう。

微生物の出所は、

主に【土】です。

それも、

河川敷や池、沼、湖附近の土ナンです。

昨日は・雲1つない・晴天でした。

で、

お伴を引き連れて、

試料採集と・相成りました。

彼らの嗅覚は・抜群ですね!

私の欲しい【種属】を・覚えてるようです。

私の診療所の中の実験室。

そこで、

ごそごそ・楽しんでいる私を見た、

患者さんなり、

メーカーの営業の方とかが、

驚くんです。

開業している歯医者さんでも、

研究するんですか!

なんだか・悲しい気持ちに・なるんです。

自信を持って診療を行えますのは、

学問的な・ホームベースが在るからです。

学問は、

学術誌を読む事だけでは・ありません。

毎日の臨床から感じる・疑問点を、

自ら問題提議し、

自らの手で、

解決に奔走することに在る・

私は・そう思っています。

誰が書いたか・判らない文献を読んで、

物識り・講釈タレるほど、

私は阿呆では・ありません。

40年前の、

歯科大学の門を叩いた記念日に、

初老になりましたが、

まだまだ、

私は【学徒】で・居続けます。

 

 

祈りの人

困った時の・神頼み、

という言葉が・あります。

受験なり、

仕事での受注希望だったり、

家族や自分の健康上の事だったり、

果ては、

人間関係だったり。

人の欲望に際限は・ありません。

望めば・望むほどに、

人は、

四方八方に助言を求めたり、

最後は、

神仏から・ご先祖様も、

総動員してまでも、

祈ります。

かく言う私も・そうでした。

しかし、

人生は・甘くは・ありません。

祈りの甲斐なく・という結末も、

何度となく経験して今日に・至っています。

で、

未だ未熟な私ですが、

私なりに・肝にストンと、

落ちた心境が、

ある人を見ていて、

生じたのです。

祈りは唱えるのではなく、

祈りの人になる。

その・ような心境の変化を、

確かに・感じとったのです。

信仰を持つという行為・そのものを、

変な奴と、

非科学的な根拠に、

蔑まれる機会を、

この国では、

頻繁に経験します。

私からすれば、

非科学的な、

それとも、

科学とは無縁の人こそ、

信仰を否定する傾向がある・と判断していますが。

祈りとは、

念仏・お経を唱える行為では・ありません。

祈りとは、

祈願する心でも・ありません。

自分を捨てて、

人に尽くすことこそ・祈りだと・考えています。

仕事で頑張るのは・当たり前。

目標に向かって頑張るのも・当たり前。

でも、

バランスよく、

全てを要領よく、

上手くこなすことなど、

人には到底・無理な夢でしか・ありません。

ということも、

この歳になると、

納得できるように・なりました。

それでは、

1つの路など、

極めることなど、

持たぬ方が、

幸せな人生に違いありません。

ソレでは、

幸せな・人生って、

何でしょう?

私にも・判りません。

言えますことは、

祈りの人になる時分を創る事では・ないでしょうか?

三枝デンタルオフィスのホスピタリティ

良い歯科医師になりたくて、

無我夢中であった、

40年。

その私が、

日本歯科大学の門を叩いた・あの日から、

40年。

身体の隅々まで、

染み込んだ・考え方。

それは、

医療と看護は・両輪の車輪。

もしかしたら、

医師の仕事のほとんどは、

看護の中の・通過点なのかも・しれません。

看護の「看」という文字は、

「手」と・「目」という文字が・組み合わさって・います。

看護の原点は、

【温かい手の温もり】と【まなざし】なんです。

その・温もりによって、

人の心は癒され、満たされるのです。

その・看護の心という無限大の宇宙空間で、

病気と闘う戦士が、

私ら医師かも・しれません。

が、

いつ頃からか、

歯科医師が歯科医師らしく・なくなった・

そんな気がするのは・私だけでしょうか?

何を目標として、

何のために、

人の身体にメスを持てるのでしょうか。

物質的豊かさ・ばかり追従した結果、

本来であれば、

頼るべきは、

医師の目と度胸で、

鍛えるべきは、

己の未熟さと・向かい合うこと。

ソレから逃げて、

あげくの果てには、

他人のせいにし、

稚拙で・陳腐な医師力を、

機械に頼る・情けない昨今の体制。

私は・シガナイ四国の歯科医師でしか・ありません。

でも、

東京から、

どうして大勢、

診療にお越しになられるのでしょう。

一部の同業の方には、

判らないと・思いますよ。

訳を言いましょうか。

それは、

国家資格をお持ちな・だけで、

人としての・優しさや、

器が小さい・ですよ。

患者さんへは、

私らも、

裸になって、

治って貰いたいという気持ちでの、

医療人でないと。

 

 

 

原点の日

明日の2月11日。

私にとっては、

生涯・忘れられない記念日・なんです。

昭和56年の・この日、

正午から合格発表ということで、

新宿発の総武線に、

飯田橋に向かって乗車していたのです。

満員電車でした。

吊革にぶら下がり、

隣人が器用に折りたたんで読む新聞の号外に、

私も文字を追っていたのです。

市川房枝女史の訃報を報せる号外でした。

本当に、

良く記憶しているものですね。

押し出されるように・ホームへと出でて、

走るように・改札口を、

で、

富士見坂を駆け足で・登って行ったのです。

今では立派なビルに様変わりした、

当時の大学の車寄せの下の小さな広場に、

合格発表が張り出される瞬間を、

今でも鮮明に覚えています。

この日が、

私の歯科医師としての、

第1歩と・なった訳です。

今生天皇陛下のお誕生日と・同じ日の誕生日ですから、

早生まれの私、17歳の早い春の訪れ・でした。

あれから40年も・経過しました。

よもや、

母校の教壇にたつ立場になろうとは、

当時では、

思いもよらない事でした。

出来ることならば、

あと40年、

歯の仕事を続けさせて・頂きたい。

一生懸命に、

患者さんに寄り添いたいと。

 

四国の青さ

土曜の夜は、

再び、

関西へと。

割烹で・軽く1合に簡単な料理を。

で、

ゆっくりと入浴し、

早めに床に入り、

読書。

休日くらいは、

朝寝坊すれば良いものの、

犬に起こされ、

一緒に、

洗車と車の室内掃除。

犬と一緒に・軽く食事を済ませ、

嫌がる犬を引っ張り、

浴室へ。

で、

今度は、

犬のシャンプー。

あっという間に、

午後を回っていました。

犬を伴っての散歩。

肌寒い中、

犬たちの吐く息の白さに、

生命を感じたのです。

高松へと走る際に、

車の窓越しに広がる・瀬戸の海。

私も・スッカリ・四国の人間になったようです。