歯科医の仕事の現実は

今も手術が終わった処です。

先ほどの手術は緊張しました。

出血が多かったのです。

歯周病のコントロールは完璧な患者さんなので、

普通であれば、

ほとんど出血などありません。

その証拠に、

手術に際して私のゴム手袋には血で汚れませもの。

が、

先ほどの患者さんの場合には、

歯の根の先に溜まった炎症が大きく、

骨の広範囲に渡って拡がっていたのです。

炎症性の病変を丁寧に丁寧に取り除くながら、

溢れんばかりの血液を止め、止め、

エレクトリックメスにて凝固止血。

で、

また炎症性病変を丁寧に丁寧に。

新鮮で綺麗な骨が診えたら、

止血は止まります。

ここでマイクロスコープの出番です。

拡大された視野にて、

微量の炎症性病変が無いかのチェック。

で、

チョッとでも診えたら、

また丁寧に丁寧に。

人工骨を補填して骨の形態を整えます。

で、

縫合。

背中に汗だくってのが現実です。

写真で視れば派手な治療に観えるんでしょうが、

楽な稼業ではありません。

 

まだまだ若い人には負けませんよ

この日曜日は浜松市へ日帰り出張。

水曜日は朝一番のフライトにて羽田へと。

東京からの上越新幹線にて昼過ぎに新潟市着。

午後1時から大学にて第4学生への保存学実習指導。

6時半まで、

実習室内を歩きまわり、

恐わ~い教官と、

学生諸君から恐れられ、

実習終了後、

藤井学部長を中心とした研究打ち合わせ、

で、

終了後直ちに、

折り返し東京へと。

深夜前にメーカーの方と打ち合わせ開始。

その日は一泊し、

翌朝もメーカーと打ち合わせ。

夕刻のフライトにて高松市へと。

ですから、

水曜日、木曜日は臨時休診です。

翌朝は通常通りの診療です。

まだまだ若い人には負けませんよ。

神経をとらない歯の治療

今日の抜歯も、

歯の根が折れている患者さんです。

なぜ歯の根が折れる?

神経をとって、

歯が死んでいるからです。

歯が死ぬと、

歯は【枯れ木】になります。

ソコに大きな【噛む力】が架かるので、

いつかは折れて。

私が【三枝メソッド】にて、

虫歯が神経に達していても、

メディカルケアにて虫歯代謝し、

神経を保存できるようになって

2年。

神経をとっていません。

ドッグベストセメントや3Mixとは

全く違う考え方での治療です。

無論、

【MTAセメント】の力は補助的に利用します。

プラスαは【微生物の力】を利用すると云う

歯のオタクで過ごした私なりの蒔いた種が芽を出した

偶然からの産物でも在ります。

MTAセメントの登場には感謝しています。

ただ、

メーカーにより癖が在ります。

症例により各社を使い別けています。

特にGC社のMTAセメントは、私は好きですね。

虫歯の治療での課題は、

高齢者の根の脇に出来た根面カリエスと呼ばれる症状でしょうか?

まだまだ私の虫歯との戦いは続きそうです。

エビデンスに基づいた治療?

歯科医学は自然科学の範疇に入ります。

歯科医師である私が、

最近になって行動科学の分野に興味を抱いたのには訳が在ります。

私が【人】の身体に携わる仕事に従事しているというキーワードです。

人は【気分】と【感情】を持つ生命体です。

ですから、

患者さんの【歯に関心】を高めるキッカケを掴みたいと考えています。

自然科学の分野の研究には価値が在ります。

神秘溢れる世界が在ります。

しかし、

研究を着手するにあたって、

研究者は先ずは【仮説】をたてます。

で、

実験を進め、

統計処理を行い、

結果を導く、

と云う一連の流れで研究は進められます。

ただ、

【仮説】をたてた段階において

既に研究者の【主観】が入っていることを、

認識する必要が在ります。

既に研究者の頭の中に【起承転結】があると云う事実です。

ですから、

ある1つの研究結果に対する反証を行うことは

比較的【楽な研究】であることも事実です。

その繰り返しの中から、

事実と真実のふるい分けができて、

結果的に科学はゆっくりと進化してゆくのです。

【エビデンスに基づいた治療】と云う言葉をよく耳にします。

それは或る側面からは正しい姿勢です。

しかし、

反証するエビデンスも多数準備できることも

私らは認識しなければなりません。

良い意味、悪い意味での良い指導者に恵まれた研究者は

この処を十分に理解し消化しているようです。

私がインプラントの即時加重やノンフラップサージェリーに対して

【否定的】な姿勢であるのも、

冷めた眼で判断できている事実でも在ります。

対して、

【行動科学】においては【仮説】はありません。

人の行動から【規則】を導く手法に【客観性】を感じるのです。

更に、

私らは【人】を診る仕事です。

【人】の行動の規則の理解を深めて、

本体である歯科医学の進歩から得た治療を

より良く反映させるためには、

臨床家である歯科医師が行動科学を知ることが重要だと考えています。

普通の根管治療

根管治療が終わった処です。

今日は根管充填と云う最後の操作でしたので、

速かったですよ。

下顎の第2大臼歯の根管充填です。

それでも、

1時間少々でしょうか。

ラバーダム防湿して、

マイクロスコープを覗きながら、

根管の壁に、

神経繊維が残存していないか?

根管の先端部分を充填材料がキチンと密着できるようにと、

仕掛け工夫の細工を施し、

よーく洗浄を繰り返し繰り返し、

で、

ビシッと、

根管充填材料を押し込んで。

此処は最後の勝負処です。

【勘】働きの勝負処でしょうか。

レントゲンにて、

ヨシ!

今まで受けた根管治療とは全く違いますと、

患者さんは仰られていましたが。

私は昭和56年の日本歯科大学の入学です。

第76回生です。

280名の定員でした。

当時から、

私らは、

マイクロスコープ以外の治療過程は全く同じの

トレーニングを受けました。

来週の水曜日の午後は、

私は新潟キャンパスにて、

歯科保存学の実習を担当しています。

全く同じ過程にて、

学生諸君へ指導しています。

普通の治療だと思います。

ですから、

私の大学では昔から今でも普通なのでと、

そう、お答えしたのです。

しかし、

右手の手首が痛みます。

指の関節がヒキツリます。

手首を降りながら、

では、お疲れ様でした。

次回はファイバーポストで補強しましょうねと、

具体的な説明をして、

お気をつけてね。

で、

高ぶった神経と、

張り積めた神経を、

静めるために、

こうしてブログを綴っています。

私の読書方法

活字中毒を自覚している私は、

駿時を見つけては、

活字を追っているのです。

で、

安らぎを覚えたり、

私との同種の匂いを感じた書籍を

待合室のテーブルの上に然り気無く置いています。

一月に読む書籍の数は、

数えた機会はありません。

見知らぬ人との出会いのようなものが、

私にとっての活字です。

で、

読み方は、

蛍光ペンを片手に、

印象的な文章にマーキングしながら、

先ずはサッと流し読み。

シツコイ性格である私は、

一度完読した書籍を、

繰り返し、

今度はジックリと活字を追いかけると云う手法。

二度目のマーキングは色を変えて。

一度に複数の書籍を、

飽きたら別の、

で、

また疲れたら別のと云う具合です。

ポール.エクマン博士の書籍にハマっています。

繰り返し、繰り返し。

翻訳書ですので、

熟読したら、

原著でと云う、

コレも私なりの読者方法です。

もうお一方は、

岩下尚史 氏の著作です。

余りにも優美で格調高い、

技量豊かな文章に驚き、

氏を勝手に、

明治か幕末辺りの生まれであると、

そう決めつけていたのです。

で、

著者紹介にて、

私の二つ年長でしかない事に驚き、

戸惑い、

感動し、

安堵したのです。

國學院大学文学部を卒業され、

ですから、

私の学生時代と氏は同じ時代に

大人になる修業を経た訳ですから、

私は自分のイタラナサも情けない想いになりました。

大学卒業後、

新橋演舞場の企画室長をお務めになられた氏の文章は絶品です。

治療方針についての私見

先ほど、奥歯の抜歯を終えました。

歯の根が折れていたから抜歯に至った症例です。

で、

患者さんから、

来月ころインプラントの予約を採りたいのですが?

オイオイ、チョッと待っちくれい!

私は今しがた自分の眼で、

直接に骨を診ました。

どのような過程を辿りながら治ってゆくのか?

それを診て、

ゆっくりと診断したいと申し上げました。

もしかしたら、

ブリッジを奨めるかもしれません。

経過と治り方、

人それぞれです。

パターン化できるようで、

そう上手くいかないのが人の身体の手当てです。

治ってから、

初めて機能回復、

それが治療のルールです。

聡明な方でしたので理解して下さいました。

時たまに居られます。

ご自身の希望的観測の基で、

治療方針を求めて来られる方が。

治療の知識について向上して頂くことは

誠にありがたいことであるのも確かです。

ただ、

プロと素人の間には大きな河が在るのも事実なのです。

いくら説明申し上げても、

一向に折り合って下さらない方も、

少なからず居られます。

私がお願いさせて頂いて、

治療させて頂く訳ではありません。

医師と患者さんは対等の立場で、

その上で、

専門職の意見は精一杯させて頂きます。

治療にはご費用が発生しますが、

お金を払っているからと云う上位の立場で、

知らず知らず態度に出て、

治療方針をリクエストされる方も、

昨今では増えているような気がします。

私らの仕事は、

【奉仕の精神】で以て臨んでいます。

其れが基本的姿勢だと思うからです。

大切な患者さんの身体です。

少なくとも私は、

そのように思っています。

何が大切なのか?

資本主義社会の弊害を

この頃、

感じるのは多くの医療人の

声なき声であるのも事実なのです。

 

極めれば無垢になる

長い間、インプラント治療と向き合って来ました。

私の歯科医師人生がインプラント治療であったと言っても過言ではありません。

インプラントメーカーのインストラクターとして、

20年近く前から、

インプラント治療の普及に長い時間を費やしていました。

現在では多くの歯科医師が普通にインプラント治療を

日常の歯科診療に採り入れています。

それはそれで良かったと思います。

しかし、

伝わらなかったこと、

伝えきれなかったことも

現実には多かったと思います。

私は毎日、

インプラントの患者さんと向かい合っています。

といって、

入れ歯の患者さんとも、

毎日、

向き合っているのも事実です。

先ほどお一方、

レントゲンを前に、

私は思案していました。

2週間下さい、考える時間をと、

申し上げて、

今日の処は終了しました。

考え、

悩み、

調べて、

その繰り返しが私の日常です。

高名な陶芸家の方が仰られていました。

行き着いた先は無垢の白さになりました。

歯の治療も同じなんだなって、

具体化された言葉を頂いた気持ちになりました。

複雑な口腔の状況を

どのようにシンプルに手当てし、

長期にわたって維持できるか、

それが歯科医師の腕の観せ処だと思います。

教育の現場において、

偏差値を上げることと、

豊かな心を育むことの、

その間の両立に教育者は悩むのだと云う姿も、

私はここ10年、

実感しています。

真面目に職責を果すことに、

職業の差がないことも知りました。

選んだ道を極めたい。

それが人が人である証だと思います。

その先に、

何が在るのかは私は知りません。

私自身が未だに道半ばであるからです。

ただ、

無垢の白さと云う言葉の響きに、

私の心は納得したのです。

インプラント VS 部分入れ歯

日曜日の昼下がり。

久しぶりに、

日本歯科大学 新潟の学部長である藤井一維教授と、

電話にて長話に興じていました。

藤井教授も情熱の歯科医師です。

で、

三枝さん、インプラントと部分入れ歯の選択の基準って?

そんな会話を投げかけられたのです。

何で?

聞き直す私です。

藤井教授曰く。

曖昧じゃないですか?

三枝さんは基準を持ってますよね?

症例を観て、何となく、そう想うんですよ。

やはり藤井教授は流石です。

その通りです。

私には判断基準が在ります。

インプラントを希望されて来院されても、

私が患者さんにストップを懸ける場合も多いのです。

部分入れ歯でなければ絶対にダメだ!

その様な症例も多いのです。

超高齢化社会を世界中の国々が経験し始めました。

患者さんとの長期の関わり合いから、

【人が老いる】現象を、

歯科医師の眼で実感し経験しています。

唾液の分泌の低下、

筋肉と顎関節の老化など、

まだまだ在ります。

歯の無い部分だけを診て、

インプラントと入れ歯の選択をする危険性を

私は声を大にして警告します。

歯科医師の仕事は、

患者に生涯、快適な食生活を営んで貰う。

その手立ての専門職だと思います。

人工の歯を入れるのが仕事の本筋ではありません。

歯の番人であれ。

これが私の仕事です。

で、

藤井教授のご専門は全身管理と麻酔学です。

私の長い講釈が始まって、

二人して大いに盛り上がったのです。

 

私の履歴書

30歳半ば過ぎた辺りに、

歯科医師と云う仕事がつくづく嫌になり、

治療中心の生活を辞めた時期が在りました。

流行っていた【三枝歯科クリニック】でした。

高松市の中心部の大通りに面したお洒落なビルの3階に

ガラス張りの私の診療所は在りました。

歯科医師は私と前妻の2名。

院内技工士2名。

歯科衛生士3名。

治療椅子3台の体制で診療所を営んでいました。

完全予約制で、

健康保険取扱の歯科医院でした。

診療時間は午前9時間から午後の1時まで。

午後は2時30分から最終受付が6時30分。

1日の患者さんの数は、

治療の質を落とさないようにとの配慮から、

医師2名、歯科衛生士3名、治療椅子3台と云う規模では少数の

多くて24名から30名と決めていました。

新患の受付は常に半年待ちと云う状況での

安定した歯科医院だったのです。

が、

私は歯科医師と云う仕事が嫌になったのです。

経営は安定していました。

が、

私の夢観た治療は、

患者さんが多くてとても出来ませんでした。

理想はあっても、

自分の技術の未熟さを否応なしに自覚する毎日。

でも、

患者さんは満足して来て下さる。

でも、

自分では満足出来ない。

歯を大切に思って来て下さる患者さんに

何とか支えられていました。

しかし現実は、

仕事の合間で治療に来られる患者さんで、

経営は支えられているのも事実だったのです。

近くて、まあまあ良い歯医者って処が、

私の本当の評価であったと思います。

歯は命と関係ないと云う事実、

歯科医師は医師とは違うという現実、

健康保険の効かない治療を進める精神的苦痛、

予防よりも削る治療中心の現実、

私の心はボロボロになりました。

良い歯医者を夢観て歯医者になった私は、

良い歯医者って、どんな歯医者か判らなくなりました。

当時から、

健康保険の治療でもラバーダム防湿は行っていました。

歯周病の治療を行ってから修復治療を行っていました。

真面目に、真面目に、

歯科医師をしていたと思います。

しかし私は、

私の理想の歯科医師の仕事は出来なかったのです。

私は商家の跡取り息子です。

家業中心の生活に入ったのです。

診療所は移転し規模を縮小し、

治療椅子1台きりで、

歯科衛生士1名の、

1週間に1日か2日程度の診療で、

健康保険の治療を辞退したのです。

健康保険の効かない歯科医院など、

当時の私の患者さんの殆どから見放されました。

治療費用の高い歯科治療など無意味であると云う現実に

私は実感させられたのです。

家業の仕事は順調に推移していきました。

全国に販売店を構えられ、

都内を中心に全国を飛び回るビジネスマンが、

私の姿となりました。

しかし私は歯科を完全に捨てることが出来ませんでした。

私の心が歯科医師だったからです。

高い治療費用でも、

私でなければ嫌だと云う、

本当にありがたい患者さんに救われていたのです。

経営者の苦悩も味わいました。

事業拡大に伴い、

心配、苦悩の種類も変化すること。

キャッシュフローの苦労の連続。

売り上げが増えても、

経費もかさみ、

派手に観えても、

歯科医師の苦労とは別の苦労が在る現実に直面する毎日でした。

私は歯科の教育を受けた人間です。

技術者の、

科学に生きる教育を受けた人間です。

他人の造った商材を販売するビジネスマンの性質が

私に馴染む筈はありません。

革靴の底が一月で磨り減るほど歩いては、

販売店を回っていたのです。

宿泊ホテルは全て一流処。

銀座、北の新地では、

常に黒服から挨拶されるほど、

接待され、

接待し、

ビジネスマンとしては成功者と言われる範疇に居たにも拘わらず、

私の心は渇いていたのです。

心を充たすために事業を拡大していました。

それでも、

心は逆に益々、渇く一方だったのです。

世間に良くある話しです。

お家騒動が勃発し、

私は両親と反目し追放されました。

私は安堵したのです。

歯科医師の仕事しかなくなったからです。

二足のわらじで、

歯科はほぼ休業状態。

しかも自費診療のみ。

42歳の時です。

食べてゆくのも大変でした。

1000円を手にスーパーへ、

別居中でしたから、

当時中学1年の娘との二人暮らしで、

おかずを工夫して作る毎日でした。

空手を習いたいという娘の空手着を買うのに

苦労した情けない思いを、

今でも思い出すのです。

生活は苦しい一方でしたが、

健康保険の治療は再開しませんでした。

私でなければ嫌だと云う患者さんで、

私は最後の勝負をしようと決めたからです。

そこで初めて、

私は歯科医師と云う仕事と心中する覚悟をしたのです。