日別アーカイブ: 2017年1月26日

私は【根暗ら】

時たまに、

腸がひっくり返る位に驚愕するほど酷い症例を

見せられる機会が在ります。

治療した当のご本人は、

何と表現すれば良いのでしょう?

全く意に介せず、

逆に披露するような気配さえも感じ、

一体、判断基準は何処へ?と、

此方が叫びたくなる衝動に駆られるのです。

コメントを求められても、

度胸の良さ位しか誉めようもなく、

ただ、

その度胸の良さイコール無謀である事は、

決して口には出せないのですが。

このタイプの先生は、

所謂【根明か】タイプの人が多いのが特徴です。

慎重な治療の積み重ねを過ごしてきた先生は、

逆に皆が【根暗ら】に見えるんじゃないでしょうか?

私が医師、歯科医師を観てきた結論です。

煩い奴だとお思いでしょうが

タイトルの通り、

【煩い類い】に所属する私です。

が、

これはどうしようもないのです。

生まれ育ちの為せる技でしょうから、

私自身に罪はありません。

良いモノ、

本物、

綺麗なモノにしか触れずに

育ちましたので。

本当にキザで生意気ですみません。

悪気はないんです。

が、

コダワリ性で、

偽物なり、美しくないモノには、

違和感っていうんですか?

直感的に受け付けないんです。

料理の写真なんか判り易いですね。

別に懐石料理至上主義ではありません。

湯豆腐のような単純な一品でも、

美味しいモノには、

ルールのような同じ匂いが漂っているんです。

器にしても、そうです。

値段が高い皿なら良いってモンじゃありません。

料理との相性と、

盛りつけで、

器の生き死にが決まります。

こういうのを【センス】って言うんでしょうね。

私の尊敬する歯科の先生方も、

良いセンスの香しさを皆がお持ちです。

もうこれは自分の努力の賜物ではなく、

センスのない人を責めても仕方ない事なんですが。

3代は、懸かるんじゃないですか?

感性ですから。

客観的な説明は出来ません。

歯科の仕事でも、

汚い仕事を観ると、

気持ち悪いですよ。

いくら私が老いても、

ありゃないわな!って症例写真に

触れる機会が多くなったような気がします。

歯科医師に余裕が無くなったのか、

歯科医師には心豊かな暮らし向きに

縁遠い人が多かったのかは、

私が歯科医師の子ではないので判りませんが。

利休の茶を手習いする人が少なくなったように、

活け花を普通に手習う習慣が失われたように、

綺麗を手習いしなかった【つけ】が大きく

廻って来る歯科業界だと感じています。

 

 

感謝の気持ち

来る土曜日は講習会を聴講しに

大阪市まで行く予定です。

開始時刻から場所まで、

サッパリ記憶になかったので、

慌てて主催のメーカーへと電話を入れました。

先生、本当にお越しになられるんですか?

良かったら、資料を全てお送りさせて頂きますのに、

と。

特別扱いは無用ですと返したものの、

開始が朝の9時からで、

終わりが夕刻の6時との事。

という事は、

朝の出発は何時で、

帰宅時刻はなん時頃かと思案しつつ、

宿泊は次の日の予定から無理であり、

あぁ、四国は本当に不便な処だと。

そんなヘンピな処へワザワザ通って通院して下さる

大勢の患者さんに対して、

誠に感謝感激、

もっともっと大切に配慮させて頂こうと、

そう感謝しながらも、

何時、出立しようかと、

思案に暮れる私なのでした。

 

インプラントに頼らなくても

上顎に歯が1本もない女性患者さんです。

40代前半の方です。

綺麗な口許になって頂きたかった!

笑える気持ちを取り戻して欲しかった!

美味しく何でも召し上がって欲しい!

そう感じて治療を進めて来ました。

今日、完成した総入れ歯を手渡す日を

無事に迎える事が出来ました。

並んだ入れ歯が、

仮の入れ歯です。

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この仮の入れ歯の中に、

いっぱい情報が記録されています。

その得られた情報から、

私の総入れ歯は造られます。

患者さんは、

治療を進める毎に、

悩む人から、

女性へと変わってゆきました。

キザな男ですみません。

悩む患者さんの口許や表情は、

私好みの女性へと変化してゆきます。

とても綺麗な人となり

診療所から羽ばたいて行かれました。

インプラントでは、

治療上困難な、

表情回復できる総入れ歯ならではの症例でしたので。

私は【水】

手先を動かす時以外の、

いわゆる【手当て】する所作以外と言いましょうか?

治療行為以外と言った方がわかり易いですか?

とにかく、自分に全てが乗っかかてる治療以外の

全般を、

関わりあうスタッフなり、

周囲にみんなに任せるようになりました。

無論、責任は私が取りますがね。

【出過ぎない】ようにと、

そんな心境になったのは最近になってからです。

楽になりました。

で、

治療に没頭できる。

頭の中も、

身体中が歯の治療の一点に

ピタッっと焦点が合ってるのを

自覚できるんです。

歯の治療の精密ロボットで良いじゃんと、

開き直りました。

ですから、

毎日が充実していますよ。

若い頃のスポーツに汗を流した後の疲労感と充実感、

とは全く違う感覚ですが。

私らの仕事は、

刀鍛治が火の中から取りだした鋼を

ひたすら叩く、

叩く際には、

自分を封じ込めて

無心で、

というのと似ていると思うんです。

自己主張すればするほど、

手先が鈍る。

そう感じます。

私の生まれ年は一白水星の星です。

私は【水】

そう自分に言い聞かせています。

 

変えてはならない定め

先日、私の若い時分の阿呆降りに触れました。

そんな昨夜、

テレビのニュース画面から、

時代の違いに、

嫌でも気づかされたのです。

真っ昼間の都会の雑踏の中のカーチェイス。

他人の車を無断拝借するという泥棒を、

何台ものパトカーが数珠なりになって追いかけるなんて?

ど田舎の真夜中の出来事ならいざ知らず。

どちらもマトモだとは思えません。

そういえば、

高速道路を突っ走る車を眼で追いながら

思うんです。

車の構造なり、

タイヤと路面の関係を熟知すればするほど、

80キロ程度のスピードで走るようになるんです。

自分の心の中の安全弁って装置があって、

そうさせるんです。

痛い目にも遇って、

経験と責任が、

気づかせてくれるんですがね。

時代なんでしょうね。

余裕がない。

全てにおいて、

ギスギスしてる日本になったと感じます。

私は自分の診療所だけは、

そんな処にしたくありません。

物と情報の氾濫する大東京の中に

ひっそりと昔ながらの趣を守る

寄席の古典落語みたいで在りたいと、

私は常々に心がけています。

歯医者の仕事って、

歯の番人に尽きるんじゃないですか?

患者さんは痛みや噛めないという辛さを背負って

お越しになられるんです。

患者さんに余裕なんか求めてはなりません。

相手は苦しんでらっしゃるんですから。

だからこそ、

私ら治療する側に

心に余裕が、

絶対に要るんですよ。

私は、そう考えています。

やせ我慢ですよ。

自分でも、

その辺は判ってます。

でも、それは仕方ないじゃないですか?

だって医療人の定めでしょう?

ズーと大昔のヒポクラテスの時代から、

それは変えてはならない私らの定めではないでしょうか。

患者さんの不利益になる、あらゆる手段は排除する。

その様な選択眼を持つ事が大切なのでは?