日別アーカイブ: 2017年4月15日

学ぶ

若い方で私を応援して下さる方々のアドバイスをありがたく拝聴しています。

最近の活字離れは著しいのだそうです。

その影響にて出版業界は四苦八苦しているとのこと。

作家でも、

ベストセラーを連発してくれない作家は、

出版社にとってはお荷物的存在なのだとか。

ですから情報発信のトゥールは、

ブログからフェイスブック、

フェイスブックからツイッター、

ツイッターから今はビジュアル中心のインスタグラムなのだそうです。

視界に訴えることの重要性は十分に理解できます。

プロカメラマンの報道写真なり、

芸術色溢れる表現には、

胸を打ちますもの。

でも、

私は活字を大切にしていたいと思います。

映像的瞬間芸の才能のない私にとっては、

周りくどい活字しか、

表現の方略を持っていないのです。

時代遅れなのかもしれません。

学生諸君に課題を与えました。

興味深いのは、

解答の基となった索引がインターネットであることが

一目瞭然であることです。

ですから、

答えに誤りはありません。

しかし、

厚みのない、

思考を放棄した学生を、

どうして学ぶ者と呼べましょう。

1つの答えを導きだすために、

図書館に隠り、

多くの書籍を閲覧し、

無駄な作業の中から、

自分の答えを、

自分の言葉で書く。

そうすることで、

課題として与えられたもの以上の知識が、

身体のなかに沈殿してくれるのにと。

国家言語を疎かにして栄えた国がなかったように、

情報の共有のグローバル化は大切ですが、

活字と火を手にしたことで、

人が猿ではなくなったことを

再考すべきではないでしょうか?

歯科治療

地方の田舎街のしがない歯科開業医ですが、

いささか特殊な仕事をしているからでしょう、

派手に観えるのでしょうね。

遠くからは患者さんが大勢にお越し下さいます。

地元の高松市の方も随分と増えました。

でも、

芸者処流行らずと云う言葉が在るように、

自費治療だけの私なんぞは、

金儲けの権化のように言われ、

秘かに胸を傷める時もあります。

健康保険の治療は国の大切な宝です。

国民みんなから集めた大切な財源です。

将来に渡って維持できるように

医療機関、患者さんともに、

真剣に考える時が来ています。

なぜなら人口の減少と高齢者が増えるからです。

命に係わる時のために

この限られた財源を用いなければなりません。

歯科疾患は確実に予防ができます。

また初期にキチンと適格な処置を施せば、

歯を失うことは稀でしょう。

私の診療所にお越しになられる患者さんは、

歯を本当にお大切に考えて下さいます。

ですから私も、

真剣に対応させて頂きます。

セラミッククラウンを入れることが、

歯科治療のゴールではありません。

治療を施しても、

なんとなくスッキリしない時があります。

その様な歯に最終修復をする気持ちにはなりません。

仮の歯で何年も経過を観る機会も在ります。

私の仕事は人工の歯を入れる事ではありません。

生涯、美味しく、美しく、

歯を通じて、

この目的を達成するお手伝いすることです。

ですから、

他人任せの方には、

私は恐い歯医者かもしれません。

家庭生活、会社での仕事、

すべては共同作業です。

他人への責任転嫁は楽かもしれませんが、

今、

それぞれの方が、

自分にできることを頑張ってみる時が

来ているように思います。

 

花造り

ホテルのベッド脇の小さなスタンドデスクの引き出しのなかには

大抵、聖書が置かれています。

手持ちぶさたも手伝って、

仏教徒の私ですが、

つい頁を開くのです。

で、

関心を持ち、

時々にキリスト教を信仰する方の著作を

買い求めるのです。

キリスト教詩人である八木重吉氏の詩に

神のごとくゆるしたい、

ひとが投ぐるにくしみをむねにあたため

花のようになったならば

神のまへにささげたい。

今の私に、其れができるでしょうか?

でも、

私はそういう人になりたいと思います。

多くの煩悩や想いを抱えています。

でも、

歯に向かい合っている刹那だけは

私は空気のようになっています。

46時中、

そういう心で在れれば良いのにと、

欲するのですが、

なかなかには、そうなれません。

決して大きな艶やかな花でなくても構いません。

神さまに捧げられる花を

育てることができるのならば、

小さな小さな可憐な花でも構いません。

そういう機会に恵まれますように、

花を育ててみることにします。