日別アーカイブ: 2017年6月5日

治療のための準備

先般、

大阪市の歯科医院にてインプラント治療を受けた患者さんが、

深刻な表情にてお越しになられたのです。

こんな筈じゃなかった!と云うのが

患者さんの心の叫びであったのだろうと、

瞬時に判断されました。

ソッと、

お口のなかを拝見するために、

手の指の先で、

上の唇を持ち上げて、

で、

直ぐに元に戻したのです。

この医師がどのような状況下での処置であったのかが

瞬時に判断されました。

インプラント治療を行う前に、

物凄く沢山で複雑な手当てを要する症例であることの

判断ができなかった結果なのです。

上の1本の前歯にインプラントが入っています。

其所にセラミックのクラウンを被せています。

その両隣のご自身の歯と、

インプラント治療をした歯の長さの違いに注意してください。

ご自身の歯と、

インプラント治療した歯の歯茎のラインに注意してください。

患者さんの頬を涙が伝わっていました。

綺麗で自然な状況に戻すために必要な処置を、

私は責任を持って考えています。

今朝一番に、

所見を師匠である内藤正祐先生にメール転送しつつ、

レントゲン像から、

このインプラントのメーカーと種類の特定作業に着手しました。

これは難症例です。

 

 

第一歩

私は決めていたのです。

ご先祖さまのお祀りのケジメがついたら、

家長は息子に譲ると。

無論、

大学生の息子に経済力はありませんし、

ひとかどの大人になった訳ではありませんから、

当分は、

毎朝のお仏壇のお祀りと、

毎月のお墓参りは、

私が息子に成り代わり、

これまで通り。

が、

私は両親のご先祖さまの安住の環境が整い次第、

長男の重荷は下ろすことに決めていたのです。

家全般のことは、

息子の意見に従い、

私は【歯だけに専念】することに決めていたのです。

人が生きてゆく上で様々な荷物を背負います。

そのなかで、

様々な感情を抱えこんで生きて行くのが定めです。

青春期に歯科医師の道を志しました。

私のなかで、

良い歯科医師になることが

人生の目標点でした。

ぶれては、

今日の私はなかったでしょう。

しかし、

ぶれない自分を造るには、

自分をシッカリと持つ必要もありました。

技術的な問題は、

放っておいても、

私は自分で工夫し、

思案し、

前へ、前へと進むでしょう。

ただ、

人として心の豊かな人で居たいと思うようになりました。

怒りや恨みを抱えこんで、

生涯を終えたくはありません。

右の頬を打たれて、

左の頬を出す人にはなれないでしょう。

隣人を愛し、

何人 ( なんびと ) をも赦せる自分になれるのかも判りません。

でも、

諦めたくはありません。

良い人生であったと、

幕引きの際に、

そう思えるように、

カトリックのミサに昨朝、

初めて出かけてゆきました。

岡山県のノートルダム清心学園の校長先生である

三宅聖子シスターのご紹介にて、

県外のカトリック教会で学ぶ第一歩を踏み出したのです。

節目

先週の土曜日は臨時休診を頂きました。

先冬から懸念であった

母方の墓地の移転を執り行うことになったからです。

土の中から遺骨が観えました。

壺は長年の浸水のためでしょう。

土の重さにて割れ沈み、

遺骨と土が混ざっていました。

やはり血は濃いのだと思います。

素手で、

取り残しがないようにと、

眼を凝らして、

一片、一片、

更級の上に置いてゆきました。

私から数えて8代前までのご先祖さまです。

無論、顔は知りません。

が、

掌の上で、

仏さまの温かさを確かに感じていたのです。

墓石をクレーン車で持ち上げる際の、

生前、心配性であった祖母の案じる様を思い立ち、

さぞや不安がっているに違いないと、

心配ないから、

心配ないから、

と、

祖母の墓石に声をかける私は

やはり孫であることも実感したのです。

墓石の在った場所がすっかり整理され更地となり、

私は立ちすくんでいました。

長い間、

長い間、

本当にお世話になった土地に合掌し、

ご先祖をのせたトラックを

私が28年の前に三枝家の墓地として手当てした墓地の真横へと

助手席のご遺骨とともに先導して

真夏日のような讃岐路を通り抜けていました。

大きな、大きく穴を掘って、

ご先祖さまの遺骨を新しい土の中へと返しました。

香の煙の寺の住職の読経の中、

これで長男の家長の役目が終わったと、

私の人生の1つの節目を終えた心持ちとなりました。

息子が、

父ちゃん、墓参りが一ヶ所で済んで楽になったな!

と。

この跡継ぎ息子が、

いつ、

どのようにすれば、

ひとかどの男になるものか?

と、

先祖に心のなかで相談したのです。