月別アーカイブ: 2017年12月

息子へ

人の長い人生においては、

何度となく岐路に立つ時が在ります。

もしかしたら、

自分が岐路に立っていることに

気づいていない時もあるかもしれません。

それでも、

今が岐路にあると、

明確に自覚したならば、

その時には、

安易に前へと進んではなりません。

仮に、

他人の声を信じられない心情にあった状況下でも、

決して、

これまでの自己経験からの視野下で、

方向を決定してはなりません。

岐路にある時こそ、

動く時ではないのです。

武田信玄公の旗印である【風林火山】のように、

時を待つのです。

決してジタバタしてはなりません。

診療においても、

同じような状況を何度も経験します。

すべきことを、

的確に行ったからと言って、

術者の思惑通りに

治療が順調に遂行されるほど、

人の身体は甘くはありません。

そのような時に、

私は自分で言い聞かせます。

私はプロなのだと。

で、

もっと、

詳細にまで、

観察を進めます。

もっと、

患者さんからの声を引き出します。

で、

寝ても覚めても、

考え続けます。

併せて、

過去の文献や、

過去の著明な臨床医の診療記録を

読み漁ります。

その際に、

直近の答えを探すような気持ちで、

文献には臨みません。

大きく範囲を拡大して、

今陥っている狭い視野から、

自分を解放させるためです。

その期間は不安に苛まれることでしょう。

しかし、

必ず、

脳裏に点灯が灯る瞬間を経験するでしょう。

その時に、

私は一気呵成に、

駆け走ります。

55の私の判断基準です。

診療所へ出勤し、

神棚に水をお供えし、

柏手を叩き、

デスク脇の観音様にお供えして、

香を焚き、

教を唱えるのが、

私の四半世紀の習慣です。

カトリックに改宗した私は、

この習慣を変える積もりはありません。

55になるまで、

私を導き、

護って下さった神様仏様ですから。

私は死ぬまで、

大切にお祀りさせる頂く積もりです。

私は生涯の仕事を自分の強い意思にて決定しました。

だからこそ、

私は粘れるのだと思います。

カトリックの道も、

私自身の強い意思で入りました。

ただ私は長男ですから、

長男としての、

先祖の供養の責任が在ります。

それはそれで、

私は責任を全うする積もりです。

しかし、

心の支えを選ぶのは、

私自身の気持ちに正直に生きたいからです。

私の習慣に、

また一つ増えました。

神様へのお祈りと、

デスクワークしながらの

讃美歌を聴くことです。

このような毎日を

何故過ごすのか?

と、問われたら、

私はハッキリと申しましょう。

17の歳に、

自分の意思で決めた、

良い歯科医師になれるようにと。

それを決して忘れてはいませんし、

今になっても、

良い歯科医師への道を進んでいるからです。

息子よ。

昨夜のお前は悩みと云うよりも、

悩む前の前段階に居るようだ。

人の長い人生だ。

大いに悩め。

が、

悩みの前段階は、

父は認めない。

腹をくくるのは、

道を選ぶ時に行うのではない。

道を選ぶ際には、

既に、

身体全体は、

水にドップリと浸かっているのだ。

腹をくくるのは、

悩みの前段階の時。

良き師が身近に居る筈だ。

頭を下げて、

心の内を吐き出して来い。

青春とは、

そういうモンだと、

父は思う。

それでもセラミックのクラウンを選びますか?

2週間ほど前に、

装着した上の奥歯のブリッジの、

今日1番の状況です。

診療所にお越しになられて直ぐに、

お写真を撮影させて頂いた所見です。

ブリッジ前方の2本はメタルボンドクラウンにて、

最後方歯はの噛み合う面は、

あえて金属にて修復させて頂きました。

光っている点がアチコチに

見えるかと思います。

下の奥歯と、

咀嚼した際に、

睡眠中の食いしばり、

歯ぎしりした際に、

接触している部分が、

あえて光るように金属のクラウンに仕掛けしています。

何処が接触しているのか!

一目瞭然でしょう?

診療の際にも、

当然、

噛み合わせのチェックは行い、

随時、調整しています。

でも、

カーボン紙の厚みがいくら薄くても、

噛み合わせのチェックなどは、

1日の全ての上下の歯の接触が確認できる筈もなく。

特に、

上顎の最後方臼歯には、

大きな梃子の力が掛かります。

とても、

微妙な調整が必要な歯です。

セラミックだと、

こういう仕込みは出来ません。

ですから、

私は上の奥歯の修復には金属が好きなのです。

 

歯科治療って面白い

夜更かしするのが

大人の証であると云う勘違いしてた

若い時分には、

空が白み始める頃に、

大通りを歩き、

家路に向かっていた記憶を

この頃、

床に就く時に、

しばしば思い出すのです。

圧倒的な体力とは、

ありがたいモノだと。

無茶なことでも、

旺盛な体力に裏打ちされた精神力で、

制圧できたモノです。

今ともなると、

そんな体力はありませんから、

経験から身に付いた知恵を操ることと、

勘、

そして度胸で以て、

前へと、

前へと、

進んでゆく質は、

今でも変わりありません。

不思議と、

好奇心だけは昔のままのようです。

治療においても、

通常の経過と違う場合には、

これまた、

興味の芽がムクムクと。

だから、

歯科治療って面白いんです。

総入れ歯の患者さん

もう17年は前に

お造りさせて頂いた【総入れ歯】です。

年末だと云うことでしょう。

定期検査にお越しになりました90歳近くの女性です。

いかがでしょうか?

噛み合う部分のカーボン紙の痕跡は?

15ミクロンの厚さの記録紙です。

私の【総入れ歯】に付与する

咬合様式はキャナイン・ガイダンスです。

オクルーザル・コンタクトも、

カスプ・トゥ・フォッサです。

一般的な歯科医師からしてみれば

???

と、

お感じになられることでしょうね。

でも、

入れ歯の下の粘膜や骨は、

全く痩せていませんよ!

今日は上の前歯の裏側に記録されたる

余計な接触点が見えますね。

そこを削除、調整させて頂き、

総入れ歯を宮田君に託しました。

30分程度にて、

お口サッパリ!

綺麗に清掃、消毒してくれるでしょう。

どうかお風邪など、

お召しになりませんように!

お足元にご注文されて、

決して転びませんように!

お車にはくれぐれも!

そんな会話にて、

また来年ね、先生!

大きく手を振って、

診療所を後にされました。

讃美歌の中の手術

先週の土曜日の手術は

いつもとは違いました。

スタッフの宮田君が勤務してから

既に7年が来ようとしています。

宮田君のキャデイにて、

多くの難しい手術を恙無く手当てできました。

常日頃のトレーニングの賜物と思います。

また、

日々の日常勤務を丁寧に重ねてきたからでしょう。

先週の手術のレントゲン写真を診て、

医師の勘が、

私に物語ったのです。

コレは大変な症例だぞ!と。

レントゲンに孔が開くほどに、

入念に、

何度も確認したことは言うまでもありません。

このような場合に、

私はスタッフの宮田君には、

多くを語りません。

なぜなら、

私は歯科医師だからです。

執刀するのは私。

で、

土曜日の午後3時に、

患者さんはお越しになりました。

そして、

私は患者さんにお願いしたのです。

手術の間、

カトリックのミサのCDの流れる中、

執刀させて頂けませんか?

このような際に、

宗教色を前面に出すことは控えるべきでしょう。

ですが、

私は心を一点の波紋のない

無心の境地で、

手の赴くまま、

手指が動くのに

委せたかったのです。

患者さんは仰いました。

それで先生の心が落ち着いて、

手術が進むなら。

手術にはリズム感が必要です。

リズム感です。

気持ちと手先が完全に一致しなければなりません。

しかし、

手術は甘くはありません。

瞬間、

瞬間、

予想とは

全く違った判断を余儀なくされます。

その瞬間的な判断は、

天のお導きだと、

後になった、

術後の経過を診て、

天を仰いで感謝するのです。

治療はスピードが大切だと云う医師のブログを

見たことがありました。

彼は混乱の最中にあるのでしょう。

治療に速さを競う必要はありません。

人それぞれに適したスピードが在りますので。

患者さんに喜んで頂ける手当てができたと思います。

讃美歌と司祭のミサ進行のお言葉の中、

私は一つ大きな山を登れたと思います。

手術の際に、

患者さんの耳は讃美歌に癒されたそうな。

それより、

私の心が落ち着き、

安定していることが

しっかりと伝わったそうな。

心を納める

明日の手術は、

今年1番に難しいモノになるでしょう。

昨日、

息子に頼んでいたミサのCDが送られてきました。

神父さんから、

古いカセットテープを頂き、

それをCDに入れて貰ったのです。

50を半ばにして、

朝夕にお経を唱える熱心な仏教徒であった父が、

何を思ったのか?

いきなりカトリックに改修すると、

聞かされた息子ですが、

いきなりばかりの父でしたから、

あぁ、そうかい!

てな処かもしれません。

ダビングする際に、

息子も聴いたようです。

人の身体の治療に携わるってことって、

苦しんやな。

ポツンと呟いた台詞が

耳に残っています。

患者さんは自らの身体を

全面的に、

この私に預けてくれていらっしゃいます。

その気持ちに、

絶対的に、

安定した状況で、

私は応えなければなりません。

心を静めるために、

昨日からミサに参加したつもりで、

CDを聴いています。

神父さんとの会話から

水曜日の夜、

教会へと出かけ、

神父さんからの、

個人教授を受けています。

聖書に記載された奥の意味を

教えて頂いています。

インド独立の父である元ガンジー首相の話しをされました。

暴力に対し、

徹底的な抗争を選ばず、

無抵抗を貫いたことは有名な話しです。

暴力を振るう側は、

相手の人格を尊重していません。

しかし、

暴力を受けるガンジー元首相は、

相手の人格を尊重しているから、

無抵抗であったのだと。

ヒンズー教の国ですが、

ガンジー元首相が青春期の英国留学の経験から、

恐らくキリスト教の文化に触れていたことも、

その一端になっているのではと。

神父さんは続けます。

右の頬を打たれたら、

左の頬を出しなさい。

有名な言葉ですから、

先生もご存知でしょう?

私たちは、

あくまでも、

相手がどういう立場の人であれ、

相手の人格を尊重する姿勢をもつ暮らしをと。

で、

随分と昔の出来事を思い出したのです。

息子が幼稚園か小学生の頃だったでしょうか?

担任の教師から問われました。

お父さんは、どのようにお子さんに対して接して居られますか?

例えば、

息子さんと友人がトラブルになった際には、

どのような対応をお考えですか?

この会話は鮮明に記憶しています。

なぜなら、

私の幼い頃には、

友達同士の喧嘩などしょっちゅうでしたもの。

喧嘩の中から、

不条理なり力関係を、

男は学んで大きくなるんです。

ですから、

私は大いに胸を張って答えました。

殴られた、殴り返せ!

腕で負けたら、脚で蹴り飛ばせ!

脚が届かなければ、頭付きせよ。

喧嘩に負けた悔し涙を流すときもあろう。

ならば、

日々を鍛えよ!

運良く勝ったなら、水に流せ!

と、指導しております!

その教師、

眼を白黒させていたのが瞼に焼き付いています。

男が社会を歩んでゆく過程に於いては、

此方が望む望まざるに関わらず、

戦いや競争の連続です。

大きな荷物を背負う男です。

家族や従業員のために、

負ける訳にはいきません。

その考えは、

今も私は変わりません。

しかし、

私もある年齢に達しました。

度胸も付きました。

空気を発する知恵も身につきました。

戦いにならないように、

競争する状況にならぬように、

そのような環境整備を

自らに身につけたいと思っています。

旧帝国海軍の加藤友三郎大将の台詞に、

不戦艦隊という言葉が在ります。

戦たかわない艦隊。

抑止力としての艦隊。

私の日常が、

穏やかで、

平穏な心と所作であることが、

静かな暮らしの糧になると思います。

私は歯科医学にだけ、

専念して、

残された自分の使える時間を大切にしたいのです。

患者さんを大きく包んで差し上げられるように。

 

 

根管治療から学んだもの

午後の1時から始めた

下顎の第1大臼歯の根管治療。

今、

午後の4時です。

前医の被せたクラウンを外し、

根管内ポストを除去。

古い根管充填材を

丁寧に取り除き、

根管の拡大形成を終了しました。

4根管ありました。

ラバーダム防湿していますから、

患者さんも、

お口を開いたままです。

大変、お疲れ様でした。

丁度、

息子から電話が入りました。

どうやら、

悩みがある様子。

で、

今しがたの治療の話しをしてやりました。

前の先生の治療の影響も大きいんやろ?

前の先生が削り過ぎてたらどうするん?

などなど。

父を案じてくれてるんでしょう。

それなら、

もっと倹約して欲しいのですが。

息子に答えました。

父ちゃんの仕事はね、

ただひたすら丁寧に綴ること。

駄目だと決めつけないで、

決して諦めないこと。

アチコチの方向から、

何とかならないか?

探ること。

で、

必死で糸口を見つけては、

丁寧に丁寧に、

ひたすら綴る。

だから俺はネバイだろ?

先の奥歯は長く患者さんのお役にたってくれるでしょう。

ただ、

このような治療は嫌だと云う方も居られるでしょう。

だって、

歯科医師はスピードが勝負!

だなんて、

書いている方も居られる位ですから。

ただね、

3時間の根管治療って言っても、

ダラダラでは上手くいく筈ないですよ。

5分刻み位で、

手順の内容を変えて、

進めているのですよ。

で、

これは確信しています。

基礎と考え方に芯がないと駄目だとと。

ぶれないこと。

そんな話しを、

根管治療に交えて話ししてやりました。

ふ~ん。

丁寧に綴るか。

 

 

年末

忘年会のシーズンたけなわのようです。

お誘いも頂きますが、

誘って下さった方のお気を害さないように、

丁重にお断りしています。

犬を飼った責任が在りますので、

散歩を待ち望んで待っている犬たちを

その訳としています。

人と関わりあいを持つのが、

元来、好きな私です。

仕事柄、大勢の方とのご縁を頂戴します。

人との関わりから、

多くの情報を得ることができます。

現代社会において、

情報の入手は貴重な戦術となります。

ただ、

得た情報の正確さについては、

自己検証が必須ですが。

私の診療所は大きく扉を開いています。

そのことで、

メーカーの方々を含め、

大勢の人との縁を頂くのでしょう。

ですが、

酒席には足を向けないようにと。

でも、

酒席のほうが、

本音が聞けるのでは?

そのようなご意見も在ります。

それも反面、

事実だと思います。

しかし、

楽しい酒席です。

私が居ることで、

皆さんが私に気を使って下さることに

私は申し訳なく思うのです。

ですから、

時と場所が予め判っている際などには、

前日くらいにお店へ出向いて、

人数分の飲食代ていどを

お支払させて頂き、

お誘い頂いたことへの感謝の気持ちとさせて頂くのが、

私の流儀です。

そんなの大変じゃないですか?

私はそうは思いません。

私はそのように、

大人から教えて頂き、

育ちましたので。

 

 

アキラメていませんか?

もう歯を抜くしかない!

インプラントは高額で高値の華!

入れ歯じゃ噛めなくて当たり前!

これからどうなるんだろう?

私の診療所へ、

初めてお越しになられる患者さんは、

歯科医院へ受診したにも関わらず、

なかなかお口を開けてくれません。

お恥ずかしいのだそうです。

そのような光景には慣れていますので、

ここは、

とてもお悪い状態の方ばかりがお見えになられる処です。

決してお恥ずかしがられることはありませんよ。

私は歯医者ですもの。

初診の際には、

簡単にササッと、

拝見する程度にしています。

それよりも、

私は患者さんが自ら、

お話しを始めるように、

誘い水をかけるように手立てするのが常です。

なぜなら、

私自身の持つ【治療方法と云う引き出し】の数は多いのです。

どのようにして治すのかよりも、

治療のあと、

良い状態をどのように維持させるのか、

の方が、

とても大切だと考えているからです。

治療方法については、

私は患者さんと一緒に

見つけることが大切だと思うので、

患者さんの想いをしることが

1番最初に必要な足掛かり。

悩むより、

諦める前に、

ああ、良かった!

そう言われるから、

診療できるんですよ。