日別アーカイブ: 2019年5月15日

臆病者

今日も、

セラミック修復治療の他に、

手術が2症例ほど。

毎日毎日を、

メスを手にする生業です。

慣れなど・ありませんよ。

執刀中は、

不思議と、

勝手に手が動いてるんです。

でも、

手術の直前まで、

武者震いって・云うンですか?

そんな・モンナンですよ。

だからこそ、

ブログを認めたり、

文献に目を通したり、

治療していない僅かな時間でも、

落ち着きなく、

何かしら・作業してるんです。

本当は、

臆病者ナンです。

電子書籍の否定派

中学3年の娘への歴史のお復習いの中で、

読書の意味について・

ついつい、

熱が入って・力説していたノです。

あなたが大人になった時、

たまたま、

パパの蔵書に目がゆく事があるだろう。

その時、

本の背表紙のタイトルが目に入る。

で、

何の気なしに、

引っ張り出して、

頁を捲るかもしれない。

いいか!

あなたの視線が追う活字を、

確かに、

昔・パパも追ったのだと、

思い出して欲しい。

同じように、

あなたの視線に入った本のタイトルも、

昔・パパが、

なにかしらの心の琴線に触れて、

お金を出して・買ったモノだと云うことを。

其処に、

血の繋がりを感じて欲しい。

何故、

その書籍に興味を抱いたのか。

その時、

あなたの環境は?

あなたの悩みは?

あなたの心情は?

其処に、

生きた活字の強みが・アルンだよ。

電子ブックだと、

そんな情景・ないわな!

いいかぃ?

人はいつか・死にます。

それでも、

生きた軌跡を、

遺した書籍からでも、

子どもたちへの、

決して声にはならないノだけれども、

メッセージを送りたいモノなんだ。

ソレが、

男の親ってモンだ。

【常在戦場】

山本五十六元帥の遺した書を

私は大切に、

毎日、毎日、

何度も、何度も、

視界に入れるのが、

呼吸と同じ行為・になりました。

医療人である私ですが、

東郷平八郎元帥、

加藤友三郎大将、

山本五十六元帥、

山口多聞中将、

小沢次三郎大将、

などなど、

尊敬する人物は、

帝国海軍の将校の面々。

戦艦大和の特攻出撃の際に、

艦と伴に散った・伊藤整一艦長の家族への遺書も、

何度・読み返したのか判りません。

其処に、

紙に文字を書いて、

残すという、

大変重要な行為を、

人は便利さ優先の言い訳で、

粗末にしているように思います。

反論もあるでしょうし、

記録保存的観点からは、

データー化の優位性は認識しています。

しかし、

ソレは専門家なり国の業務だと思います。

人が学ぶ時代には、

絶対に、

背表紙のある書籍であると、

古い私は・そう信じています。

 

日課

当たり前のこと・ナンですが、

夜が明けて、

日が暮れる。

目覚めて、

眠る。

その時間軸の中で、

日常は繰り返されるノです。

時たまの・イレギュラー。

たかが・しれたモンです。

だからこそ、

繰り返しを丁寧に綴ることが・

生きる意味ナノかもしれません。

毎朝の日課に、

ご先祖様のお仏壇の

花瓶の水を変えたり、

花を活け替えたり、

お供え物の饅頭を交換したり。

饅頭は、

遠い記憶の中で生きる祖父母や叔母の

好物だったモノを、

つい、

買い物袋に入れています。

お茶は、

京都の【一保堂】の煎茶と焙じ茶。

之は、

私の好み・ですが。

熱いお茶をお供えし、

蝋燭と香を灯したら、

ついつい、

独り言を喋っているンです。

ご先祖様に聞こえているのか・いないのか?

そんなことは判りません。

が、

男って・そういう生き物ナンです。

ひとり語り・

ソレで、

平衡を保てるのだと思います。