日別アーカイブ: 2019年6月7日

私の行うトラディショナル・レストレーションのルーツ

コレは何だか・お判りになりますか?

メタル・ボンド・クラウン修復の

セラミックを盛り上げる前の状態です。

コレを、

メタル・フレームと言います。

上の歯の全部を修復します。

このような・大がかりの修復治療の際には、

私はメタル・ボンド・クラウン修復が好きです。

その後の手順は・後ほどご覧になって頂くとして、

この治療のあと、

思いだしたように、

ある方に電話したのです。

群馬県の浅見裕先生です。

御年87歳。

日本歯科大学の大先輩です。

私は浅見裕先生を尊敬しています。

初めてお会いしたのは、

私が18の歳です。

同級生である浅見友市朗君のお父上です。

浅見君の親父が来るって云うンで、

晩飯を・たかりに行ったのが、

本当の話しです。

浅見先生は歯科補綴学の大家です。

晩飯のテーブルを囲んで、

次々と先生の口から出る

歯科医学の話題に魅了された時のことを

今でも時々・思い出すのです。

このような歯科医師も居るンだと、

筋金入りの歯医者ってモノを、

知った時の衝撃が、

その後の私の人生を大きく変えたことは間違いありません。

先生は既に引退されています。

でも、

今日の話題も・部分入れ歯でした。

電話を切る前に先生は仰いました。

三枝君、

ズッと歯医者やれよっ!

生きてる限り・歯医者やれよっ!

グッと胸が詰まりました。

で、

浅見先生、

淋しい時は、電話くださいよ!

先生の歯科医学は、

血こそ繋がっていませんが、

私の中に流れていますから。

私は判るンです。

歯の職人だからこその・苦しみが。

孤独な仕事です。

患者さんとは楽しく会話しています。

でも、

その時の私は、

本当の私では・ないのです。

医療人たる者の絶対的安定感を保った

役者なのです。

診療室から一歩出たら、

淋しい気持ちが頸をもたげるのです。

背負った責任の重さ故と、

特殊な治療を行うことを自分で決めたことに対するケジメと、

特殊ゆえに、

同業の歯科医師からも奇異な目で視られます。

また、

治療に関する相談相手も、

ごくごく限られてくるのです。

答えは・自分自身で出さねばなりません。

そういった・些細なアヤは、

私には判るンです。

何故なら・浅見裕先生は、

本当の歯医者だからです。

先生の御子息である私の同級生の友市朗君も、

臨床の場からは離れて、

群馬県の医療系大学の解剖学の教授として

御活躍されています。

浅見裕先生も、さぞや喜んでおられることでしょう。

先生には、いつまで長生きして頂きたいと願っています。

浅見裕先生先生から大きく影響を受けた

トラディショナル・レストレーションの語り部である者として

私は歯科治療を続いてゆくでしょう。

 

 

日本歯科大学新潟病院・臨床教授として感じること

来週は新潟です。

火曜日の昼休み、

バトミントン部の学生みんなを召集して、

全員の顔と名前を覚えようと思っています。

水曜日の夕方は、

総合診療科の菅原准教授が剣道部に顔を出して

学生たちを一丁・揉んでやるって言うので、

ほぉ・それならば私もと。

胴着を着て、

防具を身につける、

竹刀を手にするのは、

40年ぶりですから、

菅原准教授には、

お手柔らかにと。

先生、本当にお越しにナるんですか?

私は学生一人一人と、

丁寧に接したいと思っています。

コチラから、

機会をつくって学生に歩み寄ることが、

教官の務めだと思っています。

講義や実習以外の、

他の時間が、

学生の心を理解する手立てになると思っています。

青春時代を日本歯科大学新潟キャンパスで送る

学生たちの心に残る教官であることが、

私に与えられた大学からの使命だと思うからです。

若い世代って、

なかなか良いですよ!

国家試験に向かっての猛勉強に励む6学年生たち。

昨年の病院実習の際の彼らの表情を鮮明に覚えています。

講義で缶詰状態の6年生ですから、

私のスケジュール等の都合で、

なかなか顔を合わせる機会はありません。

それでも、

時々、

学食前で、

先生っ!

って、

声をかけられると、

おう!

とにかく頑張れ!

背中を叩いてエールを送るのです。

見事・国家試験に合格されても、

現制度では、

1年間の臨床研修医制度を通過しなければ、

社会にも出られませんし、

大学院への進学もできません。

少しでも多くの学生諸君が、

母校の新潟キャンパスで臨床研修医教育を受けられ、

続いて、

大学院へ進学し、

歯科医学の原理・原則を、

先ずは身につけて、

歯科医師も学者であることの、

自覚に目覚めて欲しいと願っています。

国家試験合格から5年間の過ごし方で、

その歯科医師の将来は決まると断言します。

足腰を地面にシッカリと身につけてから、

最新の歯科治療に挑んで欲しいのです。

母校の学生は、私の子どもです。

良き先導役になることが、

私が・ぶれないことの大きな理由であろうかと思っています。

ご父兄には、

御子弟のことが、さぞやご心配だろうと、

私も親です。

よく判っています。

ご心配には及びません。

将来、人の大切な身体の治療を行う医療人という専門職へと、

日本歯科大学新潟キャンパスでは、

本当に愛情と情熱を注いで、

教育にあたっていることを感じます。