日別アーカイブ: 2020年2月17日

医療職の本能

先に、

カトリック教会を話題にしました。

でも、

私は神社仏閣へ出向くのも・好きです。

カトリック教徒だから、

お寺の御本尊さまには手を合わさないって・話しを、

あるカトリック教徒の方から・聞いた事がありました。

そのような筋金入りの方からすれば、

私なんかは・不謹慎な輩なのかも・しれません。

ただ、

掌を合わせる行為・自体に、

大きな意義が在ると・思っています。

掌を合わせる事。

ソレが、

祈りであるのか、

感謝の意を表しての事なのか、

それとも、

許しを求めての事か、

私には・判りません。

目の前の像は、

人が創作した物ですから、

作り手なり、

設置主なりの、

意図は・在るんです。

ソレも、

どうでも・良い事だと思います。

ただ、

何百年も、

一千年も、

二千年も、

その時代、時代に、

生きた人たちが、

同じように、

掌を合わせてきた・という事実の、

重ね合わせに、

大きな意義を・感じるのです。

私の一生など・儚いモノです。

あと50年も経てば、

私の存在など、

誰の記憶にも・残っていないでしょう。

それでも、

私が掌を合わせて祈った、

御像なり聖画を、

子ども・なり、

孫・なりが、

掌を合わせるに・違いないと、

それは・確信するんです。

生きた人間に・息遣いって・言うンでしょうか?

そういうモノ自体を、

私は肯定したいンです。

それが、

人の身体を与る【医療職】の本能・なんじゃ・ないですか?

 

たまのリフレッシュ

日曜日のミサを受けて、

清々しい・気持ちになった私は、

日頃の疲れを・ゆっくり癒せば良いモノの、

せっかく大阪市にまで・出むいたのだからと、

つい・つい、

車を心斎橋まで・走らせて、

シロナ社へと。

私の診療ユニットは、

シーメンスの時代から、

シロナ社を愛用しています。

ドイツの機械は、

ヤッパリ・良いですね。

同じドイツのカボ社も・優れモノを造ります。

技工室関連の技工机、機械は、

私はカボ社のモノをズッと・使い続けてきました。

何十年経ても、

へこたれないタフな機械揃いです。

シロナ社との違いは、

自動車で言えば、

メルセデスとBMWの違い・と言って良いのかも・しれません。

好みでしょうね。

技工は・もっぱらカボ社に軍配を上げますが、

患者さんへの診療に関わるチェアーなどのユニットは、

私はシロナ社が好きです。

細かな手先の動きを支える・姿勢を

無理なく・できるんです。

無駄な導線も・ありません。

また、

見た目も、

エレガントな・私好みナンです。

で、

御堂筋に面した、

1階に、

あのマクラーレンのショールームの在るビルへ。

1階に入る事は、

生涯・無いと断言できますが。

歯科医師ていどでは、

マクラーレンなど買える収入など、

生涯・縁がありませんから。

で、

スーパーカーを横目に・素通りして、

エレベーターホールへと。

で、

アレやコレや・と、

雑談に興じて、

まぁ・リフレッシュには・なりました。

私の気分転換って、

たかが・こんなモンなんですよ。

 

私にとっての・歯科医学

今年に入って、

猛烈な・忙しさ。

年々、

能力が低下しているから、

目の前の事を、

消化する事で・精一杯なのでしょうか?

新潟へは、

平日に参りますので、

仕事がありますから、

なかなか・息抜きが・できません。

高松市では、

1日の過ぎるのが・速いこと、

この上なし・といった塩梅。

という訳で、

この頃は・週末を、

関西で過ごしています。

ゆっくりする・積もりが、

休みの度に、

この性格、習慣が・嫌になります。

朝寝坊・できないのです。

いつもの・決まった時刻に・眼が覚めるんです。

で、

結局は、

いつもの・通り。

ただ、

関西はカトリック教会が多いですから、

いろいろな教会へ出向いて、

日曜日のミサを受けています。

昨日は、

大阪城近くの、

聖カテドラル教会へと。

大きな教会です。

江戸時代、

この地に・細川家の武家屋敷が在った事から、

あの・細川ガラシャに因んだ

ステンドグラスや御像が観られます。

キリシタン大名として名高い・高山右近の御像も。

和風の香りが・漂う、

珍しい教会です。

良いミサでした。

賛美歌の・グロリアを唱う度に、

胸が熱く・込み上げてくる心地。

で、

つい、

涙ぐんで・しまうのです。

神さまの・御子であっても、

このような・苦しい・惨めな姿で。

人間の罪の赦しのために、

身代わりに・なって下さった。

それならば、

自分は・もっと、もっと、

頭を下げて、

プライドなど・かなぐり捨てて、

謙虚な気持ちで・過ごしましょうと、

そんな想いで、

私は・残りの人生を、

縁のあった歯科医学を、

大切にしようと。

ナンの取り柄もない私にできる、

唯一のことが、

歯科の治療ですから。