月別アーカイブ: 2021年3月

私も・それなりに

明日は・休診とさせて頂き、

母を・小豆島まで、

フェリーの中でも・車中で待機し、

完全武装で、

連れてゆくつもりです。

できるだけ、

母の・希望を聞き入れることに・しています。

お越しになられる患者達からの・アドバイスに従っての事です。

できるだけ、

悔いのないように!先生。

それでも・最後は・悔いが残るんですがね。

小豆島には、

私の好きな・割烹がありました。

もう・15年は・行っていません。

田舎に似合わず・良い仕事が・できる店主でした。

で、

電話を店に入れたのですが・一向にでません。

もう・やめたのか?

コロナの影響で・休業してるんだろうか?

残念に・思ってい他・や先、

知らない携帯電話から・電話があったので、

出てみると、

その店の・店主からの・モノでした。

先方は、

かけた電話の主を・知りません。

ですから、

私は、高松の歯科医の・三枝です・と申し上げましたら、

とても・喜んでくださいました。

で、

実は・明日、母と当地へと行くんですが、

お店・やっておられますか?

すると、

先生と・大奥様がお越しになられるのであれば、

開けます!

貸切にします!

品を吟味して・準備しておきます。

本当に・ありがたい・人の人情に触れました。

この店の名は・かりえん・と言います。

歯科医師過剰による・恩恵

現在、

歯科医師数は・飽和以上の状況に・あります。

したがって、

歯科医院は・熾烈な競争に・翻弄されているようです。

別の考え方をすれば、

時間をかけた・丁寧な治療が・できるようになるとも・いえますが、

怠慢で、楽な温室を経験した者にとっては、

精神的脅威に・他ならないようです。

そこから生まれた

経営重視の治療が、

治療の質を低下せしめ、

歯科医師の精神状態を正常な・医療倫理を

奪ったのです。

しかし多勢が、

このような状況ならば、

誠実で・丁寧な・手当てに・勤しんでいれば

患者さんが・来なくて困る・という

情けない境遇は・経験しないのです。

私は・患者さんの治療に満足できる

診療環境で、

診療に従事できています。

他の歯科医院との・競合状態からも、

離れたフィールドで・過ごせています。

幸せな・歯医者です。

歯科治療の・原点

商家の生まれですから、

歯科医師としての私は・初代ということのなります。

ですから、

三枝デンタルオフィスは・私の血と汗の・結晶ともいえます。

絶えず・工夫した・診療所創りを・行ってきました。

恐らく・10年ひと昔と申しますが、

他人目には・決して解らなくても、

私の診療は・確実に・進化しています。

歯科治療という仕事の・特性がら、

生体と工学の融和を・常に考えていなければ・なりません。

また、

人を取り巻く・環境も、

この半世紀で・激変しました。

そのなかで暮らす・人。

病も診なければなりませんが、

人をも・診る医療的視点が・特に重要になって・いるように・感じます。

歯科治療は・人を視る・仕事です。

春が来た

街の・アチコチに・桜の花を・見かけるように・なりました。

肌に触れる・大気にも、

優しさを・感じる・今日この頃です。

診療所の方は、

コロナウィルスへの警戒心が、

逆に、

安心できる歯科医院としての・ご評価を頂いているのでしょう。

本当に歯で困った歯科医院としての・存在価値は実証されている

と、思います。

私は、インターネットでの評価?星の数って・云うんですか?

全く・興味ありません。

しばしば、

インターネットでの評価を優位にするという・謳い文句の

営業をかけられます。

私は、

実際に私の治療を・お受けになられている患者さんへの

さまざまな配慮で・精一杯であって、

どこかの営利企業の運営するサイトでの星の数など、

完全に・軽蔑しています。

これは、

逆の立場になって・私が客となって

レストランや美容室を探す際に、

口コミサイトの評価の高い処は・全く信用していないことに

由来しています。

品格高い人間は、

口コミサイトなどに、

いちいち構っている暇など・ありませんし、

ザワザワした混んだ場所で、

リラックスなど・できる筈もなく、

腕に自信ありのプロたる者は、

集客などには・無関心で、

仕事って・自分が喜んで・やって、

それで、

自然に、

お客さんの方から・来てくださるって、

そのような・流れが・判っているんです。

美味しい店って、

店の前に立っただけでも・判りますから。

私も・そのような気持ちで、

仕事して・来ました。

春が・自然と・訪れるように、

仕事も・おんなじ・なんじゃ・ないですかね?

根管治療における・激しい痛み

初診の方なんですが、

ですから・初対面なんです。

診療所にお電話を頂き、

他の歯科医院で治療中なんですが、

痛みが・激しくなる一方で、

もう・堪りません!

助けてください。

そんな・新患の方が・増えているんです。

医療情報も・何もないんです。

ご紹介患者さんでは・ありませんから。

でも、

歯の激痛って・我慢しろってのは・到底・無理ですから、

即日に、

時間を・やりくりして・拝見するんですが、

もう、

このような症例って、

完全な・パターンが・ありますね。

根管治療であること。

技術的に・未熟な上に、

感染が・酷いって・こと。

根管治療は、

さまざまな治療ステップを・確実に踏まなければ・なりません。

その全てが・中途半端。

診断についても・同様。

本当に・困ります。

痛みって、

その原因に対する・手当てを行えば・消失するものです。

この位の程度の問題は、

私が卒後3年目くらいの時には、

十分に・対応可能でしたし、

そのような・問題も経験せずに・今日に・至って位ます。

マイクロスコープを使おうが、

CT画像を眺めようが、

歯科医師としての・基本のき・が、

トレーニングされていなければ、

意味のない・道具にしか・過ぎません。

根管治療後の激しい痛みへの・対処って、

基本的な手当てで無くなる・難しい処置では・ありません。

長持ちさせる・根管治療。

ここに、

根管治療の・存在価値が・あるんですがね。

思うこと

奥の虫歯を、

ダイレクトボンディング修復にて。

これは、

虫歯を・取り除いた穴に、

粘着性の材料を・詰め込みながら、

この材料には・色んな色が用意されているんですが、

そこを工夫しながら、

重ね盛りしつつ、

歯の携帯を・口腔内で・直接・彫刻する手法です。

ですから、

歯の解剖学的形態の・さまざまなパターンが、

頭の中に・入っていませんと・できませんし、

噛み合わせについても、

後から、

高いだの・低いだの・ということになれば、

話になりません。

ですから、

とても、

集中して治療するんですが、

とても・楽しい治療でも・あります。

仕事の後で、

その日に・撮影した写真の整理をするんですが、

年老いた母が・覗き込んで・見るんです。

で、

ビックリした表情で、

私を指差し、

コレ・あなたが・治したの‼︎

器用な・手先だねぇ!

母の口腔は・全てインプラント修復です。

上顎は・腰骨を移植して・インプラントを埋入したものです。

もう30年以上も・昔の仕事ですが。

あ〜・私も仕事が・したいわぁ。

技術の仕事は・良いねぇ!

という母に、

私は・毎日の宿題を課しています。

お供えのお皿にひく・半紙折です。

が、

仕事したい・という割に、

一向に・進んで・いません。

女学生時代のお友達と、

奇跡的に再会し、

その方が・ご近所だったもので、

お菓子とコーヒーで、

おしゃべりするのが、

母の・仕事になったようです。

オーラル・リハビリテーション

先週の土曜日の治療は、

お一人の患者さんに・かかりきり・に・なりました。

朝の10時に・治療を開始して、

ぶっ続けで、

終わったのが・午後の6時は回っていました。

オーラル・リハビリテーションの・幕明けです。

プロビジョナル・レストレーションという・特殊に設計された

仮の歯を・一気呵成に、装着する・治療だったのです。

今後、

歯周外科、

根管治療、

う蝕治療などの、

基礎治療を・施しながら、

狂った・噛み合わせを・ジワジワと、

修正して、

顎位を・本来の安定した・位置へと、

導いて・行きます。

オーラル・リハビリテーションと云えば、

ドクター・P・K・トーマス先生の名前が・浮かんできます。

青春期、

どれだけ・先生のクラウン形態の美しさに・魅了されたことでしょう!

よもや・私が・オーラル・リハビリテーションに・明けくれる臨床家に

なるとは・思いのよりません・でした。

総合診療の集大成が、

オーラル・リハビリテーション・なのです。

幸せ

母に、

久しぶりに・アイスクリームを買ってあげました。

本人的には・毎日・チョコアイスが2本・欲しいのですが、

今は・東北から帰ってきて一月あまり。

身体を整える・介護を中心に考えて、

文句が・出ないように、

小さなお饅頭とか・お菓子で・辛抱してもらっていました。

ただ、

お饅頭も、ケーキも、

嬉しそうに・食べてますが。

サーティーワンのチョコアイスを渡すと、

一気呵成に・食べてしまいました。

食べる姿を・見ながら、

子供たちが・幼い頃の光景を・思い出しました。

地震の話題は・意図的に・避けて、

テレビでの報道も、

目にしないように・気をつけました。

私自身も、

昨日1日は、

身体の震えが・止まりまさせんでしたので。

未だに、

家族の元へ・帰れない大勢の御霊を考えますと、

なんとも言えない・気持ちになります。

いたたまれない気持ちの中で、

母の姿からは・幸福感を感じ、

心を・整えることが・できました。

10年・経ちましたが

先の・東北大震災は10年前の・今日・発生しました。

現地に2日後に・入った私の当地での記憶と、

地震発生から現地へと向かうまでの・私の記憶は、

今でも・身体中に・刻まれ、

恐らくは・生涯・消えることは・ないでしょう。

先月の10日に、

10年ぶりに・現地へと・足を入れました。

で、

先月の11日に・母を故郷である高松市へと・迎えることが・できました。

ここに、

因縁めいたものを・感じていました。

二度と・現地へは・足を踏み込むことは・しまいと・決めていましたのに。

それほど、

当時の・トラウマが・大きかったのです。

現在の現地は、

仙台市の・一人勝ちの様相でした。

さまざまな・被災からの復興のための手当て。

本来であれば、

もっと手厚くと・思われる場所は、

今も・無惨な傷跡の・まま。

それとは裏腹に、

仙台市は・西の商都大阪を凌ぐほどの・勢いを感じました。

矛盾。

再び、

東北の大地を踏んだ私の体は、

揺れ動いて・います。

その状況下での・今日。

祈りを捧げて・過ごすことにします。

人のこころ

夢であった・故郷の高松で暮らせることになった・母は、

穏やかに・過ごしています。

デイサービスの入浴や、

体操、

踊りなど、

忙しく・なったようです。

お友達も・できたようす。

東北では、

会話が・全く理解できず、

ただただ、

聴いてる振りをして、

微笑んでいるのに・疲れたそうです。

ですから、

今は、

他人と・コミュニケーションが可能になった。

これは・高齢者にとっては、

脳の・リハビリテーションには効果的結果と・なりました。

東方の娘夫婦や孫たち、

施設のスタッフから、

認知症・扱いされた事を、

まぁ・なんと失礼な人達!

そんな会話も・できるように・なりました。

縁の薄かった母です。

が、

色んな事情は・忘れてあげよう。

そんな気持ちなれれたのも、

私が・医療職に就いたからでしょう。

許すこと。

それが、

人の心で・もっとも大切なことと・思うようになりました。