昔の匂い


 夜の宗衛門町は
相変わらずの人混みで
賑わっていたが、
露店の椅子に腰掛けて
行き交う人の会話に
耳をすましていたら
大陸からの人間の
言葉が多いのに
驚かされた。

 通りを三寺の方角へと入り
エイトワンビルはす向かいの
十字路辺りへ
差し掛かると、
昔であれば
通りにたむろする
初老の黒服達から
挨拶をされたものだが
皆、遠い手の届かぬ世界へと
旅立ってしまった。

 今では、
髪を染めて
肩までに伸ばした
服装もだらしない
若者が
ホストと云う
私の様な者には
理解し難い
生業を名乗って
ビラ配りに
精をだしている。

 確実に
昔のミナミの夜は
消えてしまっていた。

 と、後ろから
名を呼ばれ
振り向いて観れば
引退したと云う
バーテンダーが立っていた。

 なんでも奥方と
小さな小料理屋を
細々と営んでいると云う。

 懐かしさの余り
其の店へと。

 僅か両指に満たぬ数程の
椅子しか持たぬ
小さな小料理屋であった。

 純和風の店で在ったが
目の前のカウンターに
静かに
出されたジントニックに、
此処だけ
昔の匂いがした。