私の医療感


忙しい時代になりました。

資本主義の現実が、

実は、

弱肉強食の酷いモノだと気づいた時には、

既に遅しで、

日々、心の余裕もなく。

そんな時代に生きているように感じます。

テレビを観ても、

セクハラ、パワハラ、不倫だと、

本来の報道の王道から外れているモノばかり。

数字至上主義の憐れな見本だと

思わざるを得ません。

私の生きる歯科医療業界も

同じかもしれません。

元来、

医師たる者は、

技術と心を研き続けてゆく者です。

が、

基本的な手技の欠如、

基本的な診断の眼と考え方、

それと、

私らは患者さんの方にだけ注意を払うべきですが、

患者さんを無視した治療を頻繁に目にする機会が増える

今日この頃です。

昨日、

難しいインプラントの手術を執刀する際に、

患者さんの緊張がヒシヒシと伝わってきます。

事の良否は解りませんが、

カトリックのミサのライブCDを

かけながらの雰囲気にチェンジしたのです。

無論、

患者さんはクリスチャンではありません。

ミサなど経験した機会など無いでしょう。

でも、

手術が終わって、

患者さんが仰いました。

グッと落ち着きましたと。

耳から聴こえる讃美歌と、

司祭と信者たちのミサ儀式の台詞に

とてもとても安心したそうな。

執刀する私の心が

とても安定しているのも

伝わってきたそうです。

あぁ、それは良かったと返し、

ニコリと後はスタッフに任せて

手術室を後にしたのです。

医療において大切なことは沢山ありますが、

患者さんへの暖かい愛情なくして、

医療は成り立ちません。

医療と云う職業の在り方を

突き詰めた結果、

キリスト教精神にたどり着いたのです。

今日は、

保存治療中心でプログラムを組んでいます。

さて、

患者さんたちが、

健康でありますように。

心が幸せ感に満たされますように。

私の眼が、症状の仔細を診れますように。

私の手先が、微妙な動きを正確にできますように。

私の言葉、患者さんの心を癒すことができますように。